「残業ばっかだと、カノジョ泣くでしょ」

「いませんよ、そんなもん」

「うそっ! 32なのにカノジョなしってやばくない?」

「あんたにだけは言われたくないですけどね」


もちろん色んな意味で、だ。

でも、そうとは言えないので、俺は資料に目を通すふりをしながら、



「班長こそ、もったいないと思いますけどねぇ、美人なのに。実際、今まで浮いた話くらいあったんでしょ?」

「………」

「なのに、そこまで仕事を愛しちゃって。どんなに心血を注いでても、家に帰ったらふと寂しくなったりしません?」


篠原班長は目を伏せた。


女の顔。

泣きそうな、弱い女の顔を隠すように、



「私が寿退社したら泣くんでしょ? なのに、恋愛しろみたいなこと言って、沖野くん、よくわからないね」


ほんとはわかっているんじゃないのか?

俺の気持ちを知ってて、それでもはぐらかそうとしているだけじゃないのか?


俺はあんたのことの方がわかんないよ。



刹那、ガチャリと背後のドアが開き、俺と篠原班長は同時にびくりと肩を上げた。



「うっわー。お前ら、まだやってたのか」


山辺班の班長、山辺 雄二。

企画課の奇才で、だから篠原班長が苦手とする人。



「何よー。山辺くん、敵状視察ぅ?」

「馬鹿なことを。忘れ物を取りに戻っただけだよ。っていうか、敵も何も、同じ課の一員だろう? そう俺を毛嫌いしないでよ」

「今日の企画を勝ち取ったくせに」

「それはたまたまだよ。プレゼンが悪けりゃ、うちは篠原の班に負けてただろうし。課長もずいぶん悩んだらしいから」