伊坂商事株式会社~社内恋愛録~



「ありがとね」


今日も奢ってもらってしまい、挙句、律儀にアパートの前まで送られた。

私はいつも通りに「ごちそうさま」と言ったのに、



「ねぇ、美紀ちゃん」


山辺さんは珍しく私を呼び止めた。



「信じてもらえないかもしれないけど、俺はいつもきみのことを考えているよ。いつも、きみからの電話を待ってる自分がいるんだ」

「………」

「好きなんだと思う。っていう言い方だと、また信じてもらえないかもしれないけど。本気だから、それは忘れないでほしい」


何言ってんのよ、とか、堅苦しいこと言っちゃって、とか。

言おうと思えば言えたのかもしれない。


でも、山辺さんがあまりにも真面目に言うから、言葉が出なかった。



「ごめん。私、そういうのやだ。せっかくできた『友達』を失いたくないし」

「俺じゃダメってこと?」

「そうじゃない。私も山辺さんといたら楽しい。でも、これは私自身の問題なの。私自身が、ダメなの」


唇を噛み締めた。



嫌いじゃない。

むしろ、私も好きなんだと思う。


けど、でも、だからこそ、阿部課長のことすら解決してないのに、心地いい方に流されてるみたいにはなりたくない。



私は顔を上げた。



「今日で終わりね。私もう、山辺さんには電話しない。ありがとね、今まで。楽しかったよ。ばいばい」


私は山辺さんに背を向け、急いでアパートの階段を駆けのぼった。

家に入り、ドアを閉めた瞬間、何だかわからない涙が込み上げてきて。


私は声を殺して泣いた。