伊坂商事株式会社~社内恋愛録~

「それは、褒めてるの? けなしてるの?」

「これがけなしてる言葉に聞こえるなら、山辺さん相当、人の気持ちがわかってないってことになるね」

「手厳しいね、相変わらず」


山辺さんは苦笑いする。



「ねぇ、山辺さんって怒ったことあるの? 何か、イメージできないんだけど」

「うーん。あんまりないね」

「やっぱり? 沸点が低そうだもんね」

「それは褒め言葉として受け取っておくよ」

「いや、今のはけなしたんだけど」

「えっ」

「嘘だよ」


ほんとにおもしろいと思う。

笑い転げる私を見て、山辺さんは「敵わないな」とこぼした。



「32にもなって、年下の女の子に振りまわされるなんて」

「だからカノジョすらできないんだよ、山辺さん」


ケラケラと笑う私に、わりと真顔で山辺さんは、



「じゃあ、美紀ちゃんがなってくれる? 俺のカノジョ」

「出た。またそうやって口説き文句を入れてくる。そういうことを言いまわってるから、みんなを勘違いさせるんでしょ」

「俺は誰にでも言ってるわけじゃないんだけど」

「それすら常套句にしか聞こえなーい」


指差して言う私に、山辺さんはむすっとしていた。



「口説かれ慣れてるんだね、美紀ちゃんは」

「あ、それは嫌味だなぁ。山辺さん、今ちょっと怒ったでしょ」


山辺さんは困ったような顔で、「やっぱりきみには敵わないな」と言った。



今の私には、楽しいことだけでいい。

めんどくさいことを考えてられるほどの心の余裕は、正直ないから。


ずっと夜が続いて、朝にならなければいいのにと思う。