伊坂商事株式会社~社内恋愛録~

うるさい、エロジジイ。

私は心の中で毒づくに留め、「はい」とだけ言った。


ひとりじゃ処理しきれない量の、ほとんどやる意味のない書類を抱えてデスクに戻ると、一部始終を見ていた山辺さんは、



「想像以上だ」


と、ただ一言、そう言った。

さすがの私も苦笑いだけを向ける。



「用が済んだなら戻りなよ、山辺さん。私これに取りかからなきゃいけないから」

「ほんとに俺にできることはないの?」

「ないよ。その言葉だけで十分だし。山辺さんといたら余計、課長に睨まれちゃうからさ。ごめんね」


私が悪くないとはいえ、やっぱり怒られてるところを見られたくはなかった。

だからこそ、喉元まで出掛かった弱音を、飲み込み直す。



「平気、平気。こんなの余裕だよ」

「わかったよ。じゃあ、今晩、仕事終わったら電話しておいで。付き合ってあげるから」

「ほんとー? ありがと。おかげで頑張れるぅ」


山辺さんは、顔に笑みを張りつけ直したように、「じゃあね」と言って、人事課を出て行った。


私は宙をあおいで息を吐く。

泣きそうだからこそ、うつむいたりはしない。



「美紀さん! ちょっと、山辺さんとどういう関係ですか?!」


マリちゃんが興奮したように私を揺する。



「友達だよ。一緒に飲む仲なの。いいでしょー」

「うっそ。すごーい」


私はケラケラと笑って見せた。

笑いながらも、虚しさが顔を覗かせる。


私はデスクの下で、震えそうな手で拳を作った。