山辺さんは、私がトイレに行っている隙に会計を済ませてしまっていた。

相変わらず、抜け目のない人だ。


「私が誘ったんだから」と、財布を出そうとしたけれど、「じゃあ、また今度ね」と言われてしまう始末。


挙句、山辺さんは「夜道は危ないから」と、私をアパートの前までわざわざ送ってくれた。

絵に描いたような紳士っぷりに、私は久々の大爆笑だった。



「美紀ちゃん、何かいいことあった?」


人事課を訪れた宮根さんが、私を見た開口一番がそれ。



「えー? そんな風に見えますぅ?」

「いや、何か最近、美紀ちゃんが落ち込んでるように見えるって莉衣子ちゃんが言ってたから、俺も気になってたけど。元気そうじゃない、今」

「私はいつでも元気でーす」

「ならいいけどさ」

「あ、そうだ。莉衣子に今度遊ぼうって言っといてくださいよ」

「またそうやって俺を顎で使うんだから」

「いいじゃないですか。私のおかげで、伝言がてら、莉衣子とじゃれ合えるでしょ」

「恩着せがましいね」


宮根さんはむすっとしていた。

私は笑う。


と、その時、山辺さんがやってきた。



「昨日はどうも。って、何で宮根くんがいるの?」

「それはこっちの台詞なんですけど。美紀ちゃん、塩ないの? 塩」

「本当に腹が立つよね、宮根くんって」

「褒め言葉として受け取っておきます」


何だかよくわからないけれど、どうやらふたりは犬猿の仲らしい。

あからさまに嫌な顔をしている宮根さんと、爽やかさを失っている山辺さん。



「っていうか、美紀ちゃん。『昨日はどうも』って何? こんな腹黒と関わってちゃ、ろくなことないよ」

「それはこっちの台詞だよ、宮根くん。きみにそう何度も邪魔をされたくはない」

「やだやだ。またそうやって過去を持ち出すんだから。あんたのそういうところがきもいんだよ」