月と芋虫

背中を見つめているとまた蘇った。

白い特攻服を着た彼の背中にしがみついていた記憶。連なって走るバイクの音。家まで送ってもらったときの夜の匂いと彼の匂いが。

それといっしょに、いつも思い出す嫌なセリフを。


「おまえが女だったら良かったのにな」

仲の良い私達を仲間が茶化した時に、彼が私にいってくれた。なにげないひと言。
えへへとお調子者みたいに笑うことしかできなかった私。

赤い特攻服を着ていた冴えない僕。

えへへと当時と同じ顔を作り、笑ってしまった。でも、なんでだろう。わらっているのに涙があふれてくる。

卒業間近に告白をしようとした時があった。

大事な話があると呼び出しておいて何も言わない僕に、彼は何て言ってくれたんだっけ?

なんて言ってくれてたんだっけ?

「なんだよ金の話か?」

「ちがう」

「女を紹介しろとか?」

「……ちがう」

「何? それ以外ならなんでも聞いてやるよ」と

そんなのだったっけ?

緊張しすぎてあまり覚えていない。

結局、何も伝えることは出来なかったし、だから答えなんて当然貰っていない。

彼にしては、あの沈黙は短い時間だったのかな。

どうなんだろうか。

それから彼には彼女が出来たりしたけど、卒業してからでもよく2人で飲みに行って、こうしてお互いの部屋に泊まったりもしてる。

もう1年ぐらいになるのに不思議なことがある。

今、横で寝ている背中の向こう側の顔を想像しようとしても、なんでだろうか。
色んな場所で色んな顔をする彼の顔のひとつひとつが、好きすぎて、いったいどれが彼の顔なのかが、見るまでわからなくなることがあるんだ。

そう、今みたいに背中の時だ。

そして、またセリフ。

起こしたくないのに、嗚咽があがってきて声まで出そうになる。クチに手を当てて我慢する。声を出して泣いたりしたら起こしてしまう。

忘れろ! と、目をぎゅうとつぶる。

だけど、ごほごほと押さえたクチから漏れつづけた。

寝ていたと思っていた彼は起きていたのだろうか? すぐに「泣いてんじゃねえよ。はやく寝ろよ」と優しい声で言った。

私は彼の背中に顔を埋めて泣いた。

背中越しに彼は、ごめんな。

と、そう言った。