その様子をずっと見ていた紗江が、ドンマイとでも言うように、あたしの肩を叩いた。
「……もう無理だなこれ。安藤に土下座して謝んな」
「は、はい……」
「ウチは朝比奈(あさひな)先生にミナは遅れるって言っとくから、せめてもっと墨を落とすよう全力を尽くしたまえ」
「は、はい……」
「ていうかアホだよね……」
「すいません……」
紗江が去っていく足音を聞きながら、あたしはゴシゴシと悠人の机を雑巾でこすった。
墨は、あたしが雑巾を探している間に、嘘みたいな速さで机にしみ込んでいて、綺麗には落ちなかった。
更に、あたしの拭き方が悪かったのか、染みは広がってしまった。
窓から夕日の光が燦々とふりそそいで、この墨だらけの机を照らしている。
オレンジ色に染まった教室には、椅子や机の影が廊下へと伸びていた。
こんな中でひとりでひたすら雑巾がけする自分は、なんて間抜けな姿なんだろう。
そんなことを考えていたとき、突然、ガタ、という物音がした。
「……あ、美南……」
雑巾が、ぽとりと落ちた。
教室の入り口には、肩で息をしているユニフォーム姿の悠人。
あたしは反射的に悠人の机をバッと隠した。
心臓が、ドクンと跳ねた。
悠人は、そんなあたしをじっと見つめる。
「……墨、制服についちゃうよ」

