グーで胸を叩いた瞬間、後輩が後ろからパタパタやってきた。
「部長、畳の染みもう大分落ちましたっ」
「うおーお疲れ様ー。じゃあ愛の彼氏もう帰って平気だよ」
「ていうか部長なんでそんなに濡れてんすかっ」
「たはー事故」
「風邪ひきますよ!」
愛の彼氏は後ろでまた地味に『美南って部長だったんだ……』とつぶやいていた。
(うちの学校は高2までしか、部活できないからね……)
そしてふし目がちに、
「じゃあ俺、帰るね」
と言った。
後輩も愛の彼氏にあいさつをしてから、また書道室に戻っていった。
愛の彼氏も軽く会釈して、ゆっくりと廊下を歩き出す。
「あっ……愛の」
慌ててバイバイって言おうとしたら、愛の彼氏がこちらにくるりと振り返った。
少し驚いてあたしは思わず黙ってしまった。
その沈黙を破ってぼんやりと話し出す愛の彼氏。
「さっき俺の名前、綺麗だって言ってたけど」
「……あ、はい……え?」
「美南の名前のほうが綺麗だよ」
「え」
息が止まった。
ほんと、突然でびっくりして。
あたしが頭の上にハテナマークをたくさん浮かべていると、愛の彼氏は“じゃあな”と言ってまたぺたぺたと廊下を歩き出した。
「い、意味がよくわからないんですけど……」
本当に何を考えているのか分からない人。
キャッチコピーをつけるなら『キラキラお目々の不思議な愛の彼氏くん』で決まりだ。