「えーと、今聴かせた『月光』は、ベートーヴェンが恋人のジュリエッタに捧げるために作曲したもので」
普段は頭に入ってこない鈴木先生の解説が、なぜか今日はすっと体の中に染み込んできた。
作曲の経緯が印象的だからだろうか。
分からない。
あたしは桜を眺めたまま、先生の解説に耳を傾けていた。
「たしか、洸太(こうた)の好きなピアノの曲も『月光』だったな」
小声で圭祐がしゃべり出す。
「洸太?」
「悠人の弟。そういえば、あとで洸太連れて来て、謝らせるって言ってたよ。」
(洸太っていうんだ…ていうか、弟あんまし関係ないっつーの)
「彼女への思いを託した曲が月光です」
鈴木先生は、教科書を見ずに作曲の経緯から曲の構成まで、全部説明した。
単純に、もう一度聞きたいと思った。
一気に頭の中に曲のイメージが入り込んできて、胸を静かに震えさせた。
始めて、こういう音楽に興味をもったかもしれない。
その好奇心は、一つの強い確信を生み出した。
もう一回聴いたら、ものすごくこの曲を好きになることができるんじゃないかって。
だけど、そう思ったのも束の間、タイミング良くチャイムが鳴ってしまったのだ。
鈴木先生はパタンと教科書を閉じて、号令をかけた。

