背に吹き抜けるは君の風


「え、嘘」

ガバッと机から起き上がったら、見事に制服は一箇所だけ黒く染まっていた。

あたしはどうやら本気でバカだったらしい。

「ど、どうしよ……って、ぎゃ」

動揺したその瞬間、あたしはまた墨のボトルを倒してしまった。

残りわずかな墨がドクドクと容赦なく床に流れていく。

「ハハハ……」

あたしはもう自分がしたことが信じられなくて立ち上がれなかった。

ペタンと床に座ったまま、動けない。

だけど、いきなり悠人に腕を引っ張られたせいで、あたしは強制的に立ち上がらされた。

「びび、びっくりした……」

「早く手、洗ってきなよ。真っ黒だよ」

どうやら悠人は、あたしが更に墨で汚れてしまうのを防いでくれたらしい。

それより、あたしを立ち上がらせたせいで、悠人まで右手が真っ黒になってしまった。

黒い黒い墨は、まるで悠人の髪の色にそっくりで。

「ごご、ごめんね悠人!机汚したうえ悠人の手まで汚しちゃって」

「全然平気だよ」

「な、何か菓子折りでもっ……わっ」

突然頬に冷たいものが触れた。

それは、間違いなく悠人の指で。

細くて、白くて綺麗で完璧な指は、凍ったように冷たかった。

すっとあたしの頬をつたっていく悠人のその指は、あたしのあご先で止まった。