逃行少年

「僕が、必要としていたのは、ここに留まって居られる人間だ。だけど、彼はもう居ない。君の時間は動き出してしまったぢゃないか。君とカシェは、違うんだ」

笠絵は戸口に向かった。引き戸に手をかける。

「じゃあ、さよならだね」

「さよなら」

笠絵は何かこみあげてくるものがあって、胸が冷たくなってきたが、自分でそれに気づかないふりをした。

「僕が帰れば、きっと、大騒ぎになると思うよ。君の居場所も聞かれるだろう。ここに居ること、言わない方がいいだろう?」

「ありがとう」

彼は、これからどうするのだろう。
たった独りで、こんな所で、誰も必要とせずに?

小屋の中から、見送る水戸を振り返るのが嫌で、笠絵は小走りで、山道を駆け降りた。

手のひらに握りしめられた紙幣は、張り付いた泥のせいで、カサカサと音がする。

麓まで、駆け抜けて、バス停の時刻表を見上げる。

笠絵の瞳には、涙が溢れていた。