家から15分程歩き進めると、路地の奥に「Not」と書かれた鉄板の看板が見えた。

壁一面がポスターやフライヤーで埋めつくされているこのライブハウスこそ、今日の仕事現場である。


「初めてだっ。」


紫苑がメイクを担当することの多い「dot.point」というこのバンドは、まだ活動歴も浅く、知名度も決して高いとは言えないものではあったが、その実力からか、最近では有名なライブハウスでの公演も少しずつ増えていた。

dot.point初のワンマンライブ。
ほかのバンドと共にライブハウスを借りるのではなく、dot.pointのみで数時間の公演をするのだ。

これは彼女にしても、とても気合の入るものであった。

今日はいつもの髪型にこないだのかわいーやつ付けて…
あ、襟足縛ってもいいかもなぁ…
みんなで統一した髪型にし…


「…あのー、今日のOPEN5時30分からですけど?何か用ですか?」


急にかけられた男の声に驚き、その方向に顔を向ける。
そこには、紫苑と同じような格好をした20歳前後の男性が立っていた。


「あ、今日ワンマンやるバンドの関係者なんですけど、リハから顔出そうと思って。」


誰かもわからない相手に自らの職業を教えるのもどうかと思い、関係者、でまとめてみる。


「あぁっ、すいません。てっきりライブ初めての子なのかな、って思って。」


無邪気な笑顔を見ながら、親切な人だな、と心で呟く。


「俺はここのライブハウスで音響やってる新崎瑠威です。よろしく。」

「私は、PM社所属ヘアメイクアーティストの、沖田紫苑です。こっちこそよろしくお願いします。」


なんでこの人は若干上からなのだろうか?
身長のせいか?154cmしかない自分は、下に見られているのだろうか。

変な疑問ばかりが頭を回る。


「ちょうどいいや、一緒に入りますかっ。」

「ですね。」