憧れのヴィジュアルロックのヘアメイク師としてPM社に雇われ約1年。
本日付で神奈川から東京に越した彼女は、新居に着くなりなった電話を睨んでいた。
「なんでそんな嫌味ったらしいん?さすがに電話早かったか。」
「まだ家ついて1分も経ってないっつの」
靴を脱ぎながら部屋に入る彼女は自分好みの空間に目を細める。
真っ白の壁、憧れの1人暮らし。
やっと仕事に専念できる土地に訪れたのだ。
「まじか、それは悪かった。今日入り30分早まったからそれだけ伝えようと思って。」
「お、ありがと。そしたらまたそん時。」
「じゃーな」
引越し早々今夜は仕事が入っている。
それまでの自由時間は約6時間。
携帯をベッドに放り込み荷物を置くと、玄関にいくつか積んであるダンボールを1つ解く紫苑。
そのダンボールには「ひかる」の文字が書いてあり、唯一ガムテープが何重にも巻かれている。
それが仇になり若干ベタつく手を洗い、タオルで拭く。
玄関から部屋に向かう途中にある洗面所は清潔で更に気分を高揚させた。
自然と笑みの溢れる彼女がダンボールから目当てのものを手に取り立ち上がる。
向かうは携帯の残されたピンクのベッド。
ギシギシと音をたてながらベットの上に乗り、枕元の壁にそれを広げる。
「うっへー、やっぱかっこいいなあ」
ベッドから降り、ポスターを確認する。
HIKARUと書かれたそのポスターには、肩より少し長めの紫の髪をし、布で鼻下を隠した美形の男性が写っていた。
ポンパドールによってあらわにされている広いおデコが印象的でもある彼は、いわゆるヴィジュアル系、というジャンルのロックバンドのボーカルであった。
ポスターから目を外し、視界に入る窓に目を向ける。
新しい家。ご近所さんもいい人ばかり。
そこから射し込む暖かい日光を見ていると、外出意欲が沸き立てられる。
「ちょっと早く行ったっていいかあ」
紫苑の花と同じ透き通った紫の髪に、黒縁の大きなメガネ。
そしてモノクロドットのサルエルに黄色いビックTシャツ。
個性全開であろう格好で、今朝を共に動き回った愛用の鞄を肩にかける。
「いってきます」
玄関で靴を履き、ポスターに向き直りそれだけ言い家を出る。
空が明るい。
こうして、紫苑は新しい生活を始めたのであった。