「そうですね。私はその恋人を、ここでずっと待っているんです。いつか普通にテレビに出られるような芸人になるからと、それまで待っててほしいと。
ふふ、もしずっとその時が来なかったら、私、ずっと待ってなくちゃいけないんですよ。」

「あら、そんなことが・・・」

少し狭いけど優しそうな、マダムの背中を見つめて、何か安堵を感じた。
昔から、辛いことがあった後、何かからの安堵を感じると、自然と涙が溢れる泣き虫だったので、いけないいけない、と目を閉じて落ち着かせた。
それからすぐに目を開いた。

「でも、私、待ってるんです。信じてます。彼ならきっと、やってくれます。
私が今、この仕事をしているのは、半分上司のおかげであり、半分彼のおかげなんです。
だから、待っていないと。彼から教わったこと、心に留めていたから今の私がいるんですから、彼だってきっと成功して私を迎えに来てくれます。」

「素敵ね。本当に素敵。きっと彼は戻ってくるわ。私、祈ってる」

一見厚かましそうなマダムからの、柔らかい言葉に、妙に泣きそうになる。

「ありがとうございます。」

懐かしい、匂いがした気がした。
こうやって人に話をしていると、昔に戻ったような錯覚を見る。


初夏、大都会の、ふんわりしっとりとしたこの小さなお店の中で、田舎の故郷のことを思い出していた。

大阪に行った友達。
福岡に行った友達。
地方に飛んでいった友達。
田舎に戻った姉と、両親やいとこたち。


みんな、どうしていますか。
あの日の私たちのように、迷ったりしてませんか。
泣いてはいませんか。
ちゃんと笑ってますか。

あの二人は結婚したかな。
あっちの二人の結婚式はもうすぐだろうか。結婚式、呼んでもらいたいな。


マダムを丁寧にお見送りした後、早いが店を閉じた。
"close"と書いた洒落たボードをひっかけて、空を見上げた。



明日は雨だということが信じられないくらい、青い青い空だった。