その日の夜、10時過ぎぐらいに携帯の着信音が鳴りだした。
反射的に椅子から滑り降りて、学校の規定鞄の中へ手を突っ込んだ。そこに入れっぱなしだった携帯電話を探り当て、そして取り出す。
自分の部屋で珍しく課題に取り組んでいたんだけど、着信者の名前を目にした途端、課題のことなんかどうでも良くなった。
はやる気持ちを意識的に落ち着かせて電話に出た。
「もしもし……冬以?」
「うん」
電話の向こう側の冬以が小さく頷く。ほんの少しの間を置いて、再び冬以が口を開いた。
「昨日、電話した?」
「うん、した」
「ごめん、その時レッスン中で……」
「いいの、わざわざありがとう」
「何が?」
「冬以の方から折り返し掛けてくれて」
何だか余所余所しいのは、当然と言えば当然なんだけど。でもすごく、この空気が重たく感じた。
「そっか。間違って掛けてきたんじゃないかなって思った。だから掛け直そうかどうか随分迷っちゃって。遅くなってごめん」
ふっと口から空気を漏らす音が聞こえ、冬以の苦笑が嫌でも脳裏に浮かぶ。
そんなんいいよ、と返し、
「あのね、」
意を決して用件を切り出す。
「ん、何?」
「会って話したい」
そう言うと、再び重い沈黙に包まれた。
会うの、嫌なのかな? そりゃ会いたくないよね、冬以の方は。



