「ほのか。このままで百数えて」


穏やかな声音に籠められた切実さが、鼓膜にじんわり浸透する。



頭の中が痺れて何も考られない私は、ただ、それに従うしかない。コクッと小さく頷くのが精一杯だった。



「全部……無かったことに……。


さよなら、ほのか」



消えそうなほど小さくて、悲痛なほど苦しげな呟きに、身体の芯から熱い激情が迫り上げる。


それは哀しみか後悔か……。

自分でも良くわからない。



言われたとおりに目を固く閉じたまま、頭の中でゆっくり数えた。衣擦れの音が微かに聞こえ、冬以が服を着ているのだと悟る。


だけど冬以が昨日、どんな格好をしていたのか全く思い出せない。今さっき、ベッドの中にいた冬以は、確か裸じゃなかったはず。でもそれすらも曖昧で。



部屋のドアが開閉する音。

ととん、ととん、と軽やかに階段を下りる足音。


そして玄関のドアが開き――

――当たり前だけどそれは閉まる。