「で、遠路はるばる殺されかけてもくじけないで戦ってまで、この婆さんに頼みたいことは何?」
さっきからひたすらスノーは自身を婆さん婆さんと連呼しているが、こんなに綺麗な婆さんがいたら世も末である。
「俺と血の契約をしてくれ!」
ライアスがストレートに要求を述べる。
「血の契約?」
ああ、世間知らずの悪魔がここにもいたよ…と思いつつ、イブナクは血の契約と真名の契約と魂の契約について説明することになった。

ライアスとスノーはそれぞれの手のひらを傷つけるまでもなかった。
お互いの両手が血塗れだったので、そのまま両手を重ね合わせる。
淡い闇がライアスとスノーの間を包み込み、血の契約が成立する。

血の契約のときに、憤怒の感情の裏にある哀しみが流れこんできた。
哀しみと比例して何十年分の激情がライアスに流れ込んできたが、ライアスは膝を屈せず耐えた。
スノーは哀しみには触れてほしくないであろうことはいくら子供のライアスでも察することができた。
だからライアスは、スノーから流れこんできた哀しみについては言及しなかった。

「俺は魔界の神にまで上り詰める気だ。スノー、ついてくるか?」
ライアスはスノーに聞いた。
「どうしようかしら。」
つれない返事である。
「どうしてもって言うんならついていってもいいわよ。」
「どーしても。」
ライアスは即答した。
「じゃあ、仕方ないわね。」
本当は、スノーはどうしてもとお願いされなくてもついていく気だった。
何故なら、ライアスの外見年齢は、スノーの娘が自殺した年齢と同じくらいに見えたからである。
それは、スノーの心の奥底に根雪のように、少しだけ残っていた人間らしい感情だったかもしれない。