「そして夫を殺したの。」

「その時に、何故か、この力を得たのよ。憤怒っていうのね。」

「わたしの中にはある日突然もう一人のわたしが現れて…乗り移って…かしら、」

「それから、もう、全部許せなくなったの。」

「父と夫だけじゃないわ。娘の命すら守れなかった私自身にも怒りの矛先は向いたのよ。」

「大半の女性がもっとも幸せで過ごすであろう時期を、わたしは不幸にまみれてすごしたの。」

「何かに八つ当たりせずにはいられなくて、気がついたらこの雪原にいたわ。転移?っていうのかしら。しちゃったのね。」

「私の視界に入った悪魔は全て、殺してきたわ。」

思い出せば怒りがこみあげてくる記憶だろうに、もう怒りすぎて、精神が擦り切れはじめたのだろうか。
スノーは不気味なほど静かに悪魔になったいきさつを語った。

「憤怒は転生したんじゃなくて…転生する前に人間に乗り移った…と考えるべきなのか?」
ライアスがつぶやく。
「わたしは生まれたときは人間だったわよ。」
スノーが答える。
「この髪は元々黒髪だったけど今は白髪よ。わたしは女として最も美しかったであろう時間をくだらない夫に振り回されて、宝物だった子供さえ失ったの。そしてその結果が、悪魔になって、この雪原を彷徨うことになったの。」

「憤怒の君ほどの美貌があれば、子供連れてても再婚は簡単だっただろうに…。」
イブナクが小さな声でつぶやいた。

「わたしは…人間の年齢だと61歳よ。こういうの悪魔堕ちっていうのかしら。あと20年じゃ人生終わりそうにないわね。」
「悪魔堕ちってなんなんだイブナク。解説よろ。」
ドリウスがイブナクに振る。
「えっと、負の感情が強い人間に悪魔の魂が取り憑いて実際に悪魔になっちゃうのを悪魔堕ちっていうんだ。」
「そうね、人間は天使や悪魔と違って脆い生き物だから。」
スノーの瞳が初めて怒り以外の感情を宿した。

「たまたま、スノーに取り憑いたのが、ルファン様に殺された憤怒だったんだろうなぁ…。」
「もう、殺すことに罪の意識はないのよ。だ、か、ら、」
スノーの瞳が改めて怒りを宿す。
「どうせわたしに用事があって来たんでしょう?」
スノーがライアス達に確認する。ライアス達は放たれる殺気に気圧されてうなずくことしかできなかった。
「ゲームをしましょう。15分誰も死ななかったら、あなた達の用事を聞いてあげてもいいわ。」

「わたし、元は人間なのよ。身体能力だけなら悪魔よりも上。」
「せんせー。こいつも人間だけどかかってきていいの?」
ドリウスがふざけた調子でスノーに訊く。
「お好きになさい。坊やに負けるわけないでしょう?今まで出会った悪魔全てを殺してきたわたしが。」
スノーの紅い瞳は怒りに燃える炎のようだった。