ここはとあるカフェ。

このカフェ「Andante」は、人通りの少ないひっそりとした路地裏にある。看板はやや控えめで、アンティーク調の木の板に白いペンキで「Andante」と筆記体で記されている。
室内はそれほど広くはなく、4人掛けのテーブルが5個もあるかないか位だ。だがカウンターには10人くらい座れるようになっていて、大体このようなこじんまりとしたカフェなんかにくるお客さんは一人の場合が多いので、割りと皆カウンター席に座る。

私の隣に座る20代位の女性客は大声で電話している。内容は店中に聞こえているだろう。「あの男がさぁ、ミツコと…」とか、「そうそう、本当早く結婚したいわ」とか。恋愛絡みの話題が、蛇口が壊れた水道から溢れだす水のように流れ出る。

私はそんな女性客にうんざりしながら、読書を続けていた。
「ごめんね、遅くなって」
柔らかい声が頭上から降ってきた。彼は私の隣に座って申し訳なさそうな顔をする。