ゆらゆらした不安定な景色の中に人の欲を垣間見た。
誰かの声が囁き、せせら笑う。

―私のこと、いくらで買ってくれるの?

汚い人間共め。

―アンタなら、一回につき5万でどうだ。

欲深な人間共め。

母と見知らぬおやじ。
二人の会話は私の心を抉った。
二人の行為は私の心を破壊した。

生きる価値、意義。いくら勉強をしてもわからなかった。
それでも幼少期は母が笑いかけてくれるだけで嬉しかった。

でも母は私を捨て、逃げた。

―お前の母さんは何処に行った? 言え、怖いことされたくないんだったらなぁ、言えばいいんだよ。

黄ばんだ歯をちらつかせ、ニヤニヤと笑う男に殴られた、蹴られた、初めてを奪われた。苦しくて、息が出来なかった。
そうだ、死んでしまえばいい。
最初にそう思ったのは14歳のときだった。

首吊り、リストカット、練炭、飛び降り…。色々試した。でも、死ねなかった。

そして、月島衣辻は18歳になった。2回目の飛び降り。今まさに実行しようとしていた。

「今度こそ…」

30階の高層ビル。
屋上から下を見下ろすと、人間が小さな虫のように見える。

フェンスを乗り越え、淵に立つ。少しでも前のめりになれば、真っ逆さまに堕ちていく。

右足を宙に出す。

次に左足を出そうとした。
しかし、背後に視線を感じ、振り替えってしまった。

「衣辻、なんでまた…。死なないって約束したでしょう」

息を荒くし、必死に何かを訴えかけてくる奴がいた。

藤宮美琴。

男のくせに線の細い身体。
端整な顔立ちに、どこか切なさを感じさせる目。女子は美琴のそれがいいという。

「藤宮、ウザイ。私のことなんかほっといて」

「放っておけたらこんなところにいないでしょう。衣辻、いい加減にしなさい」

美琴は私の通う高校の教師であり、いとこだ。少し年上だからといって口煩く言ってくる嫌な奴。

「もう…いいの。生きていたくないの…」

美琴を睨み、力強く言葉を発したつもりだったが、声が震える。

「でも、死にたくはないんじゃないか」

ドキリとした。
思い当たる節があったからだ。

私は何度自殺をしても未遂で終わる。それは踏み込みが甘いからではないか?最後の最後で死に対する恐怖がブレーキをかけているのではないか?
疑惑がドミノ倒しのように心を侵食していく。

「ほら、帰ろう」

美琴から差し出された手を強く、強く握ってしまった。