智先輩は、きっと私なんかでは想像もつかないような苦労を重ねてきたんだろう。

 私が裏庭で呑気に絵を描いているときも、智先輩は重い荷物を背負っていたのだろうか。

 そう思うと辛かった。

 独りだった私は、智先輩に助けられたのだ。

 ――助けてもらうだけ。何も返せていない。

 だから、智先輩に会いたいと思ってもらえなくても仕方ない。

「私は智が嫌いよ。だって解らないもの」

 アスカ先輩の細長い影が足を止めた。

 私もつられて立ち止まると、視線を上げて空を見る。

 あのとき染みついていた血のような赤が、夕暮れの空を支配していた。

「両親がいなくて、妹のために死ぬほどバイトしまくって、それなのにどうしてヘラヘラ笑っていられるの? 心なんて傷まないし辛くなんてないみたい。智はまるで――世界に自分以外の人間がいなくても平気みたい。そういうのって、得体が知れなくて、嫌い」

 違う、と思う。

 平気なんかじゃない。

 きっと、智先輩は強がっているだけだ。

 けれど、それをアスカ先輩にうまく伝えられる言葉が見つからなかった。