ダメだ。

 これ以上ここにいたら、きっと私は泣いてしまう。

 現に今だって、作り笑顔がぐちゃぐちゃだ。

「……失礼します」

 クルリと方向を変えて、私は走り出した。

 目に腕を押し当てて強くこする。

 胸が苦しくて、息が上手くできなかった。

 もうきっと、智先輩と言葉を交わす機会はないだろう。

 智先輩は私のことを好きじゃなかった。

 それだけが本当。

 私は廊下を曲がると立ち止まった。

 智先輩が追いかけてきてくれないかな、と淡い希望を抱くけれど、希望はあくまでも希望だった。

 私はひとりきりで校内を歩く。

(どうして智先輩は、私と一緒にいてくれたんだろう?)

 一人きりでお弁当を食べている可哀想な一年生に、居場所を提供してくれた。

 智先輩は優しい人だから。困っている人を放っておけないから。

 ただ、それだけ。
 単なる親切。

 もしかすると私の存在は最初から全部、智先輩にとって迷惑だったのかもしれない。

 頬をなでるのは温い風。裏庭の木々はますます緑を深くする。

 太陽がすべての物に色濃い影を作る夏の始まりに、私の恋は終わりを告げた。