描かれた夏風

「りっくんはもう帰ったんだね」

 そう言われて振り返ってみるが、水瀬君の姿はなかった。

 まっすぐに伸びる廊下だ。今のわずかな間に走りきれる距離ではない。

 それなのに、水瀬君の姿は跡形もなく消えていた。

「帰っちゃった……みたいですね」

 半ば信じられない気分でつぶやく。

 水瀬君は、爽やかな夏風のような人だ。

 自由奔放で、行く手を遮るものは何もない。

「うん、まるで僕の気配を察知して逃げたみたいだねー。……何を話していたのかな? 僕に聞かれるとマズい話?」

「それは、その……。それより智先輩、アスカ先輩と話せましたか?」

 答えにくかったから、しどろもどろにごまかした。

 智先輩は、へらりと気の抜けるような笑みを浮かべる。

「説教するつもりが、逆に説教されてしまったかな。泣く子とアスカちゃんには勝てないや」

 それはとても智先輩らしいと思った。

 肝心の説教の内容が気になるが、聞かない方がいいだろう。

 私は方向を変えて講堂を目指すことにした。

「――でもアスカちゃん、最後にありがとうって言ってたよ」

 智先輩の言葉に、自然と笑顔がこぼれる。