きっかけは本当に偶然だった。





たまたま早めに家を出て、いつもより一本早い電車を待っていた。







たったそれだけ。








聞き慣れた駅員の独特な声が、向かい側の四番線に電車の到着を告げる。







ふと片手で携帯をいじりながら俯いていた視界に、薄いピンクのハンカチが入り込んで、




それは二回ほど空中に舞って線路の上に落ちた。






誰かが落としたんだろうと顔をあげると、向かい側のホームで女の子がうろたえているのが見えた。




取ろうとするけれど、「白線の内側にお下がりください」というアナウンスに後ずさりして、心配そうに線路の中を覗き込んでいる。





たいした光景でも無いけれど、彼女がハンカチを落とした事に誰一人と気づいていなければ、助けを呼んでくれる人も居なかった。





僕はただそれを、ボーッと立って見ていただけで。





電車が過ぎ去った後ポツンとホームに一人残った女の子に、何の感情さえも持っていなかった。