タクシーで約20分。
中心地近郊の静かな路地に、とある高級料亭が静かな佇まいで建っている。
そこは完全予約制で、いちげんお断り。
周りはヒノキの塀に囲まれていて、外から覗く事は出来ない造りだ。
あたしも数回、このお店の前を通った事があるけれど、いつも自分とは無縁の場所だと思っていた。
それが、専務秘書になった途端、当たり前に入れるんだもんなぁ。
「本当、世の中っておかしいですよね」
「どうしたんだよ美月」
「いえ、何でもありません」
あたし自身は何も変わっていないのに、周りにいる人が変わるだけで…、
「いらっしゃいませ」
こんな風に、どこまでも頭を下げられる。
あたしは違和感でいっぱいだけど、慣れている専務は当たり前の表情で、仲居さんの案内についていくのだった。
室内は落ち着いた和風で、木の廊下を歩きながら、部屋がすべて個室な事に気付く。
襖で閉ざされているから部屋は見えないけれど、所々から中年男性の高笑いが聞こえてきた。
きっと、どこぞの社長様が来られているんだわ。
皮肉たっぷりに思いながら進んで行くと、一番奥のひときわ大きい部屋へ着いたのだった。
ここ!?
「皆さま、すでにお見えです」
仲居さんは膝をつき、襖に手をかけるとゆっくりと開けはじめた。
「そうですか。やっぱりオヤジたちは来てるみたいだな?」
あたしの方を振り返る専務に、軽く頷くしか出来ない。
それよりも、こんなお店は初めてだから、そっちの方に気を取られるんだけど…。
緊張しながら襖が開ききった瞬間、
「あ、兄貴。久しぶりだな」
爽やかな男の人の声が聞こえてきた。

