美咲の威勢がよかったのは最初のわずか十分間だけだった。深い側溝からスコップで泥を掻き出すという作業は自然と中腰に近い姿勢になる。すぐに美咲の足腰が悲鳴を上げ始めた。
「ほれ、もっと腰を入れんと」
 という声と共に美咲のヒップがバシッとごつい手でたたかれ、そのまま上に向かってじっくり撫で上げられた。
「キャー!」
 思わず色っぽい悲鳴を上げて飛び上がった美咲はフミじいさんの方に顔を向けて怒鳴った。
「このスケベじじい!何しやがる!」
 フミじいさんは子供のようにいたずらっぽい笑いを顔中に浮かべて、急いで美咲から飛びのきながら言った。
「いやあ、都会の女はいい尻しとる」
 それに気づいた吉川が少し離れた場所で立ち上がって怒鳴った。
「フミじいさん!またやったんですか、もう!」
 作業は昼前には終わった。へとへとになって地面の草の上に座り込んだ美咲に「ご苦労さん」と声をかけて、フミじいさんは吉川に言った。
「あんたたちは少しここで待ってろ。わしは用水の元栓を見てくる。それが終わったら帰って昼飯にすっべ」
 あの重労働の後で軽々とした足取りで畑の奥の方にすたすたと歩いていくフミじいさんの後ろ姿をながめながら、美咲は横で汗を拭いている吉川にまた疑問をぶつけてみた。
「この畑って、あのじいさんの畑なの?」
 吉川はなぜか無言で首を横に振る。
「じゃあ、親戚かなんかの畑?」
 吉川はまた無言で首を横に振り、しばらく考えてから声をひそめて答えた。
「あのおじいさんとは何の関係もない畑よ。まだ罪滅ぼしを続けているのね……」