風呂から上がり、麻里と一緒に縁側で涼んでいると真夏とは思えないひんやりした風が全身を撫でて行く。夏の夜と言えば窓を閉め切って冷房をガンガンに効かせる生活しか知らない美咲にはその夜の涼風は新鮮な経験だった。
 後に続いて風呂から上がってきたフミじいさんが一升瓶を片手に卓に座り美咲を手真似で誘った。だが麻里が……と思って自分の膝を見ると、麻里は美咲の膝に小さな頭を乗せた格好でもう寝息を立てていた。吉川が足音を忍ばせて近寄り、麻里を抱き上げて廊下へ出て行った。それから吉川は君枝という老女を連れて浴室に向かう。
 もうこの頃には美咲は君枝の様子に気づいていた。軽く70歳は超えているだろうが、単に年のせいでなく明らかに認知症、それもかなり重症であることが素人の美咲にも分かった。
「さあ、この地方の地酒だ。ねえちゃん、付き合うだけでいいから一杯だけやれや」
 そう言ったフミじいさんに美咲は不敵な笑顔を浮かべて応えた。
「ちょっと、じいさん。都会の女をなめんじゃないよ。あたしが本気で付き合ってやったら、じいさん、あの世行きになるかもしれないよ」
「お!そりゃおもしれえ。ようし、ねえちゃん。いっちょ勝負すっか?」
「望むところだ。年なんだから無理すんなよ」
 というわけで、美咲とフミじいさんはそれぞれコップを片手にぐいぐいと酒を飲みほした。意外と辛口な酒で日本酒はあまり飲みなれない美咲も面白いほど入った。風呂から上がって来たパジャマ姿の吉川は麦茶の入ったコップを片手に卓にやって来てクスクス笑いながら美咲とフミじいさんの間に座った。
「またやってるのね。もう外から人が来ると必ずそれなんだから。もう年が年なんだから、ほどほどにして下さいね」
 フミじいさんはガハハと豪快に笑いながら言った。
「なあに、まだまだこの道じゃわけえモンにゃ負けねえべ」