キリと悪魔の千年回廊

黙ったまま酒杯を口に運んでいるラグナードとキリとを見くらべて、彼女は「当ててみるわ」と言って人差し指をぴんと立てた。

「急いでるって言ってたのは、追っ手に追われているからね?」

「追っ手!?」

キリが、お茶を飲もうとしていた手の動きを止めて、娘を見上げた。

「そっちの騎士様とは、きっと恋人同士ね? 貴族様との身分違いの恋に、二人で遠くの大陸まで駆け落ち!
どう? 当たってるでしょ」

ラグナードが酒を吹きそうになってむせかえった。

「にゃははー、そう見える?」

キリがへらへらした。

「フン、俺が高貴な生まれで、お前が下々の者だというところは当たりだな」

頭の中が好奇心でいっぱいの年頃の娘の相手などする気になれず、ラグナードはキリにだけわかるようにリンガー・ノブリスで冷ややかにそう言った。

「おい! いつまで待たせる気だ!?」

キリたちと話しこむ娘に怒声が飛んで、彼女がハッとふり返った。

「いいかげんにしろ!」

娘の背中側のテーブルで酒を飲んでいた四、五人の男が、追加の注文ができずついにしびれをきらして声を上げていた。

「はいはーい! ごめんなさい、ただいま!」

娘が残念そうにキリに目配せをして、男たちのテーブルへと去った。

「恋人だって言われちゃったねー」

キリがニマニマとしながらラグナードに話しかけた。

「嬉しそうだな」

ラグナードは挑発的にうすく笑った。

「この俺と恋人同士に思われて喜んでいるのか?」

「うん、まあねー」

キリは素直にうなずいて、

「恋人って響きいいよね、憧れちゃうなあ」

と言った。

相手は誰でもかまわない様子の発言に、ラグナードは憮然(ぶぜん)として、それから恋に恋する瞳でうっとりと宙を見上げている少女を見つめた。

「お前、これまで恋人はいなかったのか?」

「えっ?」

キリがキョトンとエメラルドグリーンの瞳を向けてきて、ラグナードは後悔した。

なんでこんな変な女に、気があるかのような質問をしているんだと思いつつ、


どうしても昨夜のキスがよみがえる。


最悪の記憶だが、小さな魔女が交わしてきた情熱的な甘いキスからは、とてもはじめてキスをしたとは思えず、ずいぶんと慣れているような印象を覚えた。