喪失のイレムは、ちょうどここから真東にある場所で、
そして、一夜にして地図上から消えた伝説の古代都市の跡地だ。
今では大陸のまん中にぽっかりと、穴があいたように海があるばかりとなってしまった地には昔、
イレム・ザートル・イマディと呼ばれる都市があったと伝えられている。
伝説では、イレム・ザートル・イマディは世界で最初に軽鉱の合金化技術を開発した都市で、莫大な富を得て繁栄した。
『オレイカルコス』と呼ばれたイレムの優れた軽鉱合金は、軽く丈夫で黄金のような金の輝きを放っていたと言われ、今でも各国が再現しようと試みているが成功した例のない幻の合金だ。
イレム・ザートル・イマディにはオレイカルコスで造られたまばゆい円柱が立ち並び、幾重にも重なり合った超高層の楼閣の都市だったと言われる。
ところがこの繁栄に飽き足らない王様は、錬金術を使って地上の岩石までを純度の高い軽鉱石へ変えようとした。
その結果──
「本当なの? 大地を軽鉱石に変えてしまったイレムは、一夜で地面ごとバラバラになって天空に吹き飛んじゃったって」
「子供のころからそう聞かされてきたわ。この辺りじゃ、欲に目がくらんだ者の末路の教訓話ね」
大陸にはニーベルングの裏側まで貫通する大穴があき、世界の外から霧が流れ込んで海になった。
「私はじかに見たことはないけど、『喪失のイレム』を見てきた旅の人たちはみんな、ミルクみたいに真っ白な海があったって怖がってたわよ」
「見てみたいなあ」
キリはねだるように言ってまたラグナードの顔に視線を送ったが、そんな時間はない、とばかりにラグナードは無視して酒杯をかたむけた。
霧の色をした不吉な白い海を見たがる少女に宿屋の娘はあきれた。
もっとも、実際に怖いもの見たさで喪失のイレムを訪れる観光客も多い。
「イレムを目にした者は呪われて、不幸がふりかかるとも言われてるわよ」
「ほんと? いいなあ、おもしろそう!」
「…………」
魔法使いの感覚ってこんなものなのかしら、と宿屋の娘はしばし言葉を失って、「旅の途中ってことは、明日はすぐ発つの?」と訊いた。
「どこまで行くの?」
「エバーニアまで」
「じゃあ、アルシャラ砂漠も越えていくのね」
「うん。そう」
「ゴンドワナからエバーニアまでなんて、ずいぶん遠い旅ね」
鳶色の瞳に好奇心の輝きがのぞいた。
「なにかワケありなんでしょう」
娘が声をかけてきたのはこれを聞きたいがためで、安宿には場違いな美貌の白銀の騎士と若い娘の二人連れに興味津々の彼女は、二人の抱える事情を詮索したくてうずうずしていた。
先刻から仕事のかたわら彼女は、夕飯時の客であふれ返る酒場で何とかしてこの珍妙な客と会話する時間をひねり出せないかとやっきになっていたのだった。
そして、一夜にして地図上から消えた伝説の古代都市の跡地だ。
今では大陸のまん中にぽっかりと、穴があいたように海があるばかりとなってしまった地には昔、
イレム・ザートル・イマディと呼ばれる都市があったと伝えられている。
伝説では、イレム・ザートル・イマディは世界で最初に軽鉱の合金化技術を開発した都市で、莫大な富を得て繁栄した。
『オレイカルコス』と呼ばれたイレムの優れた軽鉱合金は、軽く丈夫で黄金のような金の輝きを放っていたと言われ、今でも各国が再現しようと試みているが成功した例のない幻の合金だ。
イレム・ザートル・イマディにはオレイカルコスで造られたまばゆい円柱が立ち並び、幾重にも重なり合った超高層の楼閣の都市だったと言われる。
ところがこの繁栄に飽き足らない王様は、錬金術を使って地上の岩石までを純度の高い軽鉱石へ変えようとした。
その結果──
「本当なの? 大地を軽鉱石に変えてしまったイレムは、一夜で地面ごとバラバラになって天空に吹き飛んじゃったって」
「子供のころからそう聞かされてきたわ。この辺りじゃ、欲に目がくらんだ者の末路の教訓話ね」
大陸にはニーベルングの裏側まで貫通する大穴があき、世界の外から霧が流れ込んで海になった。
「私はじかに見たことはないけど、『喪失のイレム』を見てきた旅の人たちはみんな、ミルクみたいに真っ白な海があったって怖がってたわよ」
「見てみたいなあ」
キリはねだるように言ってまたラグナードの顔に視線を送ったが、そんな時間はない、とばかりにラグナードは無視して酒杯をかたむけた。
霧の色をした不吉な白い海を見たがる少女に宿屋の娘はあきれた。
もっとも、実際に怖いもの見たさで喪失のイレムを訪れる観光客も多い。
「イレムを目にした者は呪われて、不幸がふりかかるとも言われてるわよ」
「ほんと? いいなあ、おもしろそう!」
「…………」
魔法使いの感覚ってこんなものなのかしら、と宿屋の娘はしばし言葉を失って、「旅の途中ってことは、明日はすぐ発つの?」と訊いた。
「どこまで行くの?」
「エバーニアまで」
「じゃあ、アルシャラ砂漠も越えていくのね」
「うん。そう」
「ゴンドワナからエバーニアまでなんて、ずいぶん遠い旅ね」
鳶色の瞳に好奇心の輝きがのぞいた。
「なにかワケありなんでしょう」
娘が声をかけてきたのはこれを聞きたいがためで、安宿には場違いな美貌の白銀の騎士と若い娘の二人連れに興味津々の彼女は、二人の抱える事情を詮索したくてうずうずしていた。
先刻から仕事のかたわら彼女は、夕飯時の客であふれ返る酒場で何とかしてこの珍妙な客と会話する時間をひねり出せないかとやっきになっていたのだった。



