キリと悪魔の千年回廊

「この印は、ガルナティス王家の者である証として、代々王族に伝わってきたものだ。子供のころに宮廷魔術師によって魔法で刻まれる神聖な印だ。

印は自分では見ることができない位置に刻まれ、鏡にも映らないから己で確認するすべはない」


キリは眉間にしわを作った。

鏡に映らない印……と小さく繰り返す。


「じゃ、どうしてラグナードは自分のほっぺに印があることを知ってるの?」

「自分の印は見ることができないが、家族の体の一部に、同じように印があるのを見てきたからな。
同じように俺の頬にも『赤い印』があると、国王陛下や他の家族に教わった」

「赤い印……!?」

キリは、ラグナードの左頬にある真っ黒な模様を見つめた。

「黒い印でしょ?」

「──なんだと?」

思わずラグナードは聞き返した。

「王家を象徴する炎のような、赤く輝く印のはずだ」

「んーん。黒いよ」

キリはふるふると首を横に振った。

「どう見ても赤色じゃないよ、それ。わたしには真っ黒なイレズミにしか見えない」

それに──どう見ても『神聖なもの』には見えない。

言葉の続きは、さすがに目の前の若者に伝えるのをさけた。


魔法使いの少女の目には、顔面の半分に刻まれた黒い印は、どちらかと言えば『よくないもの』に見える。

こんな印を子供のころに刻む風習が代々伝わっているとは、どういう王家なのだろうと思う。



少女の告げた衝撃的な内容に、ラグナードはしばらく言葉を探した。

黒い印──と、目の前の魔法使いは言った。


それはつまり、「己で見ることができないから」これまで気づかなかっただけで、「自分の印だけが黒い」ということなのだろうか。


そう考えて、

彼は考え直して、気を落ち着かせた。


「この印は本来、王家の者にしか見ることができないものだと言われているからな。
魔法使いであるお前の目には、見え方が違うのだろう」

彼はそう結論づけた。

きっと目の前の魔法使いに、王家の他の者の印を見せたら、どの印も同じように黒く見えるのだろうと。

「宮廷魔術師の中にも、この印を見ることができる者はいない。
やはり、お前が大した魔法使いだということなのだろう」

それでも、この印の真実の姿である深紅の色は、王家の人間にしか見ることができないのだ。

ラグナードは、騒ぐ心をなんとかしずめてそう言い聞かせた。


自分の印だけが不吉な色をしているなど──考えたくもなかった。


「見る者によって、見え方や印象が違う印か……うーん……」

ラグナードの穏やかではない心の内をよそに、キリは宙をにらんでぶつぶつとつぶやいた。

「やっぱり何かに似てるんだけどな……なんだっけ……?」

結局いくら考えても思い出せず、キリの興味は冷めかけている羊の煮込みに舞い戻った。