「もっと豪華で高そうなとこに泊まるのかと思ったのに」
「お前は俺がこの半年間、どういう旅をしてきたと思っているんだ?」
整った眉を寄せてそう言うラグナードは今も白銀の騎士姿のままで、酒場の喧噪の中で完全に浮いていた。
この地方の風土料理なのか、テーブルの上にはスパイスのきいた羊の肉の煮込みや、香草と練り合わせたチーズなどが並べられている。
運ばれてきた料理になんくせをつけることもなく、ラグナードはキリや他の客と同じように、木のボウルに取り分けた羊の煮込みを口に運んでいた。
「高級な宿屋に泊まり続けていたら、王宮から持ち出した路銀などあっというまに尽きてなくなる」
しかしそう言って足つきの杯に注がれた果実酒を傾ける所作は、杯の足の持ち方一つから酒杯に口づける動きのすべてに至るまで徹底的に洗練されて優美で、
しかもそれは、少し練習して覚えたというたぐいの表面的な演技ではあり得ない、常日頃から染みついた自然な動作だと一見して知れるものだ。
あきらかに周囲の他の荒くれ者たちとは違い、ラグナードには内からにじみ出る気品のようなものが備わっている。
それはキリにもわかった。
一方のラグナードも、彼の向かいで料理を食べているキリの様子を不可解な思いで見つめていた。
食事の仕方には育ちが出る。
庶民でありながらキリのテーブルマナーは、幼い頃から厳しく作法を躾けられたラグナードを特に不快にさせるものではなかった。
ようやくその点に気づいて、彼は軽く驚きを覚えた。
音を立てずに静かに料理を口に運ぶ様は、あんな森の奥で一人で暮らしていたにも関わらず、まるで誰かにマナーを教えこまれて育ったかのようだ。
魔法すら教えてくれなかったという師匠のシムノンが、食事作法の手ほどきをしていたとも思えないが、ならばいったいどこで誰に教わったのだろうとラグナードは思う。
「……なんだ?」
彼は首をかしげた。
いつのまにか食事の手を止めて、キリはぼーっとラグナードの顔に見入っていた。
「俺の顔に何かついているか?」
言いながら、ラグナードは薄く笑う。
女のそういう視線には慣れきっていた。
「昨日の夜も見ていたな。俺の顔に見とれてでもいたのか?」
果実酒を飲み干して杯を置き、優雅に微笑する美青年に向かって、キリはこくりとうなずいた。
「何かついてる」
「……は?」
想像外の言葉が返ってきて、ラグナードはぽかんとした。
「ほっぺに、ついてる」
とんとん、とキリは自分の頬を人差し指でたたいて、
「会った時からずっと気になってたんだけど、ラグナードの左のほっぺたにあるそれ、なに?」
と、訊いた。
「お前は俺がこの半年間、どういう旅をしてきたと思っているんだ?」
整った眉を寄せてそう言うラグナードは今も白銀の騎士姿のままで、酒場の喧噪の中で完全に浮いていた。
この地方の風土料理なのか、テーブルの上にはスパイスのきいた羊の肉の煮込みや、香草と練り合わせたチーズなどが並べられている。
運ばれてきた料理になんくせをつけることもなく、ラグナードはキリや他の客と同じように、木のボウルに取り分けた羊の煮込みを口に運んでいた。
「高級な宿屋に泊まり続けていたら、王宮から持ち出した路銀などあっというまに尽きてなくなる」
しかしそう言って足つきの杯に注がれた果実酒を傾ける所作は、杯の足の持ち方一つから酒杯に口づける動きのすべてに至るまで徹底的に洗練されて優美で、
しかもそれは、少し練習して覚えたというたぐいの表面的な演技ではあり得ない、常日頃から染みついた自然な動作だと一見して知れるものだ。
あきらかに周囲の他の荒くれ者たちとは違い、ラグナードには内からにじみ出る気品のようなものが備わっている。
それはキリにもわかった。
一方のラグナードも、彼の向かいで料理を食べているキリの様子を不可解な思いで見つめていた。
食事の仕方には育ちが出る。
庶民でありながらキリのテーブルマナーは、幼い頃から厳しく作法を躾けられたラグナードを特に不快にさせるものではなかった。
ようやくその点に気づいて、彼は軽く驚きを覚えた。
音を立てずに静かに料理を口に運ぶ様は、あんな森の奥で一人で暮らしていたにも関わらず、まるで誰かにマナーを教えこまれて育ったかのようだ。
魔法すら教えてくれなかったという師匠のシムノンが、食事作法の手ほどきをしていたとも思えないが、ならばいったいどこで誰に教わったのだろうとラグナードは思う。
「……なんだ?」
彼は首をかしげた。
いつのまにか食事の手を止めて、キリはぼーっとラグナードの顔に見入っていた。
「俺の顔に何かついているか?」
言いながら、ラグナードは薄く笑う。
女のそういう視線には慣れきっていた。
「昨日の夜も見ていたな。俺の顔に見とれてでもいたのか?」
果実酒を飲み干して杯を置き、優雅に微笑する美青年に向かって、キリはこくりとうなずいた。
「何かついてる」
「……は?」
想像外の言葉が返ってきて、ラグナードはぽかんとした。
「ほっぺに、ついてる」
とんとん、とキリは自分の頬を人差し指でたたいて、
「会った時からずっと気になってたんだけど、ラグナードの左のほっぺたにあるそれ、なに?」
と、訊いた。



