キリと悪魔の千年回廊

第一大陸ケノーランドは、砂と岩の大地が広がる乾燥した大陸だ。

ちょうど大陸の北に広がるダバラーン砂漠の上を通過しきったあたりで夕闇が満ち、
砂漠の端に明かりの灯った町を見つけて、

ラグナードは町からやや離れた場所に、闇にまぎれて慎重に飛行騎杖を降ろした。


町に杖で乗り入れることはせず、砂をかけて杖を隠してから二人は町へと向かった。

キリが尋ねるとラグナードは、半年前に最初に立ち寄った町で宿に飛行騎杖を預けたところ、次の日杖は行方不明になっていたのだと語った。

飛行騎杖を目にした宿の主が、夜のうちに闇の売買ルートに流し、ラグナードは杖を取り戻すために、その国の闇の組織やら窃盗団やら暗殺集団やらを相手にして大変な目に遭ったのだとか。


旅の初っぱなから、キリが危惧したとおりにしっかり杖を盗まれて、この自称王子様は大冒険をしてきたということのようだった。

朝の会話から察するに、なぜ盗まれたのかについては未だに理解できていないようだが。

以来、町に入るときは人目につかない場所に降りて杖を隠すことにしたらしい。



石造りの建物が並ぶその町はジャッバールという名で、交易の中継地だった。

日が暮れた後も、風よけのマントを羽織り頭に布を巻いた旅の行商人たちが、町の道をにぎやかに行き交っている。


どんな王侯貴族が泊まる高級な宿を選ぶのかと思えば、意外にも、ラグナードがまっすぐに足を踏み入れたのは町の盛り場にある安宿だった。

一階が酒場兼食堂になっているという、どこの大陸のどこの国にもよくある宿屋で、傭兵や賞金稼ぎといった、自らの剣腕を頼りに諸国を回って金を稼ぐ荒くれ者たちが多く集う場所でもあった。


白銀の鎧をまとった場違いな客に目を丸くする宿屋の主人に、ラグナードは慣れた様子で金を渡し、「今夜も一緒のベッドで寝るー」と言うキリに顔を引きつらせながら、ケノーランドの地方言語を堪能に操って、別々の部屋を二つ頼んだ。

「ええ? 今夜は一人で寝るのー?」

「当たり前だ! 金輪際(こんりんざい)あんな目に遭ってたまるか! お前と一緒のベッドは二度とごめんだ!」

キリが口をとがらせて不満げにもらし、ラグナードが顔を赤くしてどなりちらして、

二人の会話はリンガー・ノブリスで、内容までは聞き取れなかったはずだが、キリとラグナードの関係を誤解したらしい宿屋の主人は、やりとりの様子から何を想像してどう深読みしたのか、ひげ面をにたつかせて油の浮いた額をぺしりと叩いた。




「なんだか意外」

一階の酒場で石のテーブル席に向き合って着き、運ばれてきた夕食を食べながら、キリは向かいの美青年をしげしげとながめた。