キリと悪魔の千年回廊

逆さまにされているのに砂が落ちないこの不思議な砂時計もまた、城が二つ、三つは建つお値段のものだ。


こちらは正真正銘のぼったくり。


砂の代わりに中に入っているのは魔法がかけられただけのクリスタルの粉で、そこまで原材料費も製造費もかかるような製品ではないが、その性質上エスメラルダが値をつり上げているものである。


人工魔法核。

魔法使いの素質を持つ数少ない者以外の一般人にも、魔力を与えるものだ。

専用ケースから出して身につけていれば、魔力のない人間でも魔法使いと同じように飛行騎杖を操縦できるし、他のありとあらゆる魔法の道具も扱うことができる。

それは同時に──

人工魔法核を手にしていれば、どんな人間でも師匠について術を習得することで、魔法が使えるようになる可能性をも秘めているということなのだ。


魔法の価値を地に落とす代物である。


しかし、本来数少ない魔法使いにしか需要のない道具を多くの国に売りつけるには必需品とも言える。


だからこそ、エスメラルダは輸出する人工魔法核の値段を高く設定し、そして意図的に『ある欠陥』を持たせて輸出している。


「こんなものまで持ってるなんて──」

庶民は死ぬまで手にすることのない高価な道具二つを見比べて、キリはうーんとうなった。

「ラグナードって、やっぱり本当に王子様?」

「だからそう言っているだろう!」

キリをにらみつけて、ラグナードがどなった。


いつの間にか頭上には青空が広がり、第五大陸の反対に位置するエバーニアの大地が、水面の上からながめる湖底のように、澄み渡った青い色の奥に逆さまに見えていた。

ラグナードは身軽に黒と赤の杖に飛び乗り、

「お前が起動させろ。魔法使いだろう?」

と、キリに言った。


杖の円形の床は中心が少しくぼんでいて、大地に置かれた杖は斜めにかたむいている。

くぼみの上に置きっぱなしにされていた旅の荷物をラグナードがわきによけ、キリが乗るスペースを作った。

「えー?」

杖の後方には乗り降りのために柵がない。

そこから斜めにかたむいた杖によたよたとよじ登りつつ、キリは口をとがらせた。

「せっかく人工魔法核持ってるんだから使えばいいじゃん」

今日も深紅のマントに白銀の鎧という戦じみた重武装姿のラグナードに対し、キリはヒールのブーツにひらひらしたスカアトという戦いとは無縁の格好だ。

お出かけ用のお気に入りだと言って、キリは迷わずこの服を選んでいた。

昨夜のメイドのような服は、掃除や家事専用ということらしい。

「だめだ」

もたもたと動くキリを見かねて杖の上に引っ張り上げ、ラグナードは彼女の提案を拒否した。

「この半年あちこち飛び回ったせいで、この魔法核はあと一回こいつを飛ばしたら壊れる」


──それが、エスメラルダが考えた苦肉の策だった。