キリと悪魔の千年回廊

他の人間を大切に思う優しい心など微塵も感じられないセリフだった。

「我慢しなくていいから、どいてくれるとうれしいんだけどな。わたしがそこで寝るから」

と、キリが鎧を手にしたまま、枕を占拠している灰色に近い金髪を見下ろして言った。

ラグナードが両目を驚愕に見開いて、ベッドの上で上半身を起こした。

「まさか王族のこの俺に床で寝ろとでも言う気か?」

「いや、床で寝なくっても、あれを使ってくれていいよ」

部屋の隅の揺り椅子を指さして、キリはにっこり笑んだ。

「冗談じゃない!」

がく然とした表情で、ラグナードは不機嫌に吐き捨てた。

「貴様がこんな森の奥に住んでいるせいで、俺はこの嵐の中を三日も歩き通しで野宿するハメになったんだ。
ようやくベッドにありつけたのに、イスで寝ろだと!?」

暴風雨の森で野宿はできるのに、床や揺り椅子で寝るのは嫌ということらしい。

「おまえがそっちで寝ろ!」

乱暴に言い放ち、ラグナードは再び頭から布団をかぶって横になった。

「うー」

キリは悲しそうな声を出した。

「わたしのベッドなのに……」

見る間にたまった涙で、かわいい瞳がうるうると揺らめいた。

「せっかくお掃除したのに……」

「ご苦労だったな」

あわれみを誘う少女の声にも、ベッドの中からは冷たいねぎらいの言葉しか返ってこなかった。

「うーヒドイ。おにー、あくまー」

涙の揺れる魔法使いの目が、ベッドを強奪したこの侵略者を排除すべく徐々に危険な光を帯び始めたとき、


「それとも」

と言って、ラグナードが布団から顔を出した。


「俺と一緒にベッドで寝たいか?」


「え?」


打って変わった甘い声音になって、美しい若者はベッドに一人分のスペースを空けた。

整った口元が微笑する。

彼は横になったまま枕の上に肘をついて、灯火を照り返す紫の瞳で挑発的にキリを流し見た。


「俺はいっこうにかまわんぞ」