キリと悪魔の千年回廊

ル・ルーは軽くため息をはく。

「兄弟で殺し合いか。
血の繋がった肉親すら信じることができないとは、王侯貴族というのもめんどうなもんだな」

複雑な色がゆらめく跋折羅眼(バザラがん)で過去をにらみつける若者をながめて、

「もどる気はないのか」

と、年上の魔法使いはきいた。

「おまえの国だ」

「違うね」

アルシャラははきすてた。

「俺様はこの国を捨てたんだ。
今はもう、こんな国と関わる気はねェ」

「なら、ほかの人間に盗られても関係ないってことだな」

アルシャラはまじまじと、ル・ルーの顔を見上げた。

「件(くだん)のラグナード殿下は、国を継ぐ気まんまんらしいぞ。
五年前にじゃまな兄上を消そうとしたのも、あり得る話だな」

「…………」

「ラグナードが皇太子として立つのは、この冬だ」

「……関係ねェよ」

「ふうん」

ふいに森の虫たちの声がやんで、
周囲が静寂に包まれた。

「……ル・ルー、あんたには感謝してる」

しんと静まりかえった夜の森に、
ささやくようなアルシャラの小さな声がひびいた。

「五年前、あんたが俺様をエスメラルダに連れていってくれなかったら、このアルシャラはここにいなかった」

「魔法喰いの魔法は、もともとエスメラルダがなんとしても手に入れようとしていたからな。
俺にとっても都合がよかっただけだ」

「まさか……あんたがそのために仕組んだことじゃねえだろうな」


アルシャラがぞっとする声を出して、

ル・ルーはくふふ、と低く笑った。


「あまり自惚れるなよ。
俺には魔法喰いを連れ帰ったことなど、教国の連中に手柄をアピールする程度の意味しかない。
おまえを拾ったのはたまたまだ」


「それならいいけどよ」

アルシャラは笑顔になって、

「しっかし、こうしてまたあんたに助けられるとはなァ」

と照れたようにオレンジの髪の毛をかいた。


「今回もまた都合が良かったからな」

「あァ?」

「いつも世界中を飛び回っていて連絡がつかん相手とは、こんな時でもなければ話もできん」

「俺様にあんたが、なにか話でもあるのか?」

アルシャラはめずらしそうに目を丸くする。

「教国との連絡くらいは密に行え。
おまえにパイロープに向かうよう指示があったときと今とでは、状況が変わったんだ。
伝えようと思っても、これじゃ連絡の手段もない」

「状況が変わった?」

ぽかんとなるアルシャラを見て、ル・ルーはため息をはいた。


「おまえがパイロープに着く前に、こうして見つけることができたのは運が良かった。

もう、パイロープで天の魔法使いを殺す必要はなくなった」


「はあ?」


アルシャラはその言葉が意味するところを考えて、


「まさか、あんたがもう退治しちまったのか」


と、雷光を操る魔法使いにたずねた。


「いや、教国の連中のもくろみがはずれたのさ」

「んん?」

「ガルナティスの王立議会は、
エスメラルダ以外の魔法使いに天の人を始末させることを決定した」

「なに!? そんなことができそうなやつ、他にいるのかよ」

「天の人を討伐してやると自信満々に書かれた手紙が、国王宛に届いてな。
すでに国王はそいつに任せると返事をした。

そんなわけで、今回のおまえの仕事はなくなった。

アルシャラには手を引かせろというのが教国からの命令だ」


寝耳に水の話に、
アルシャラは言葉を失い、
ぱくぱくと口を動かして、


「俺様の獲物を横取りしやがったのは、どこのどいつだ!?」

とさけんだ。


「クソ、天の人の魔法を食うチャンスなんて、二度とねえかもしれねえのに……!」

「天の人にかみついたら、歯が折れるぞ」


ル・ルーはあきれて、
それから

「そう悲観することもないかもしれん」

と、いたずらっぽい笑みをうかべた。


「オリバイン王国の国王暗殺の情報の礼に、俺からも情報だ。

ガルナティスが天の人の討伐を依頼したその相手というのがな、おまえがずっと探していた魔法使いだ」


「誰だ?」


「なんと【黒のレイヴン】だ」


アルシャラが瞠目する。

驚愕の色はすぐに狂喜へと変わった。


「どうだ? 相手も常にどこにいるかもわからん旅ガラスだ。
互いに世界中を放浪していては、この先も一生会えんかもしれんぞ。

こんなチャンスはまたとなかろう」

そう言ってから、

「あまり期待しすぎるのもどうかと思うけどな」

とル・ルーはつけ加えた。


「黒のレイヴンは、属性すら不明の謎の魔法使いだ。
うわさだけが一人歩きをして、案外つまらん魔法しか使えん奴ってこともある」

「いいや。おもしれえ奴に決まってる」

魔法喰いの天狼はギラギラした猛獣の目になる。

「なんで言いきれるんだ?」

「こいつはやってることが俺と似てる」

アルシャラはうれしそうに舌なめずりした。

「世界中を旅しながら、思い上がった魔法使いのところに現れて、こてんぱんにぶちのめすなんて、よほど自分の魔法に自信があるやつだろ。
どんな魔法なのか……食ってみてえ……!」

「どうだかな。
レイヴンにやられた連中には、魔法使いとは名ばかりの詐欺師や手品師も多い。

本当の実力者のもとに現れたという話はあまり聞かん。
現に、ここにいる思い上がった若造の前には現れてないらしい」


ル・ルーが肩をすくめてそう言って、

アルシャラは牙を見せて笑った。


「強い奴かどうかは、会ってみりゃわかるさ」

「それなら──ガルナティスの宮廷にもどることだな。
レイヴンは近いうちにカーバンクルス城に現れるはずだ」

「……パイロープに現れるんだろ」

「この状況でおまえがパイロープに行くのはマズい。

レイヴンは天の人を討伐する交換条件として、国王から褒美を受け取る約束をしている。
先に宮廷を訪れるはずだ」

「…………」

気乗りしない様子のアルシャラを見て、ル・ルーは「その褒美というのがな」と口を開いた。


「ヴェズルングの杖だ」