キリと悪魔の千年回廊

これが……と、キリは瞠目する。


「ヴェズルングの話は知ってても、千年前の魔法使いの顔なんて知るわけないよ」


言われて、ラグナードはそれもそうかと思った。



そもそも、

世界的に見ても
魔法使いを描いた肖像画というものは少ない。

描かれた肖像画自体が、呪いのような魔法の効果を持ってしまうことが多いからである。


見つめているだけで魂を抜き取られて絵の中に持って行かれそうな、深淵を思わせる闇色の瞳。


実際に、この絵のヴェズルングにとりこにされたという者の話も少なからず城には伝わっていた。

描かれた者が死んでもなお、
見る者を魅了する不思議な魔力を秘めた肖像画──



フェンリスヴォルフではなく、
キリはかたわらの魔法使いのほうに食い入るような視線を注いでいる。

絵に見とれるその姿に、ラグナードは不安になる。



「うーん……」

と、絵を見上げたまま、キリはうなった。


「これ、ほんとにほんとのヴェズルングの肖像?」

「そう言い伝えられている」

「…………」


キリはだまりこんだ。

わずかにひそめられたピンクの眉を見て、ラグナードは怪訝に思う。


キリの様子は、どうやら絵の中の若者に見ほれているという風ではない。

絵の魔法使いをにらんで、何事か考えこんでいる。


「どうかしたか?」


気になってラグナードがたずねると、


「あんまり見慣れた人だったから、ちょっとびっくりしたの」


キリはそう言った。


予想外の答えにラグナードはめんくらった。


「見慣れた人? 知り合いにこの絵の【霧のヴェズルング】に似た人間がいるのか?」

「あははは。
似てるって言うか、そっくりさんって言うか、もう、うり二つって言うか……」

「一千年も昔の人間だ。現代に似たような顔の人間がもう一人くらいいることもあるだろう」

「うーん……そりゃ、顔が似てるだけならそうかもしれないけど……服装までまったく同じってことがあるのかなあ」

「同じって……これ、千年前の服装だぞ」

「そりゃま、こんな昔の着物は着てないんだけど……服の上に羽織ってる──このローブっていうか、コートがね……」


若者がまとった、黒い羽根の襟飾りのついた外套を示してキリはぼやいた。

たしかに、
古代の服の上にヴェズルングが着ているそのコートは、それだけ見れば現代の魔法使いが着ていてもおかしくはないデザインである。


「まあ、ヴェズルングの肖像画を見て、マネをしている人間はいてもおかしくないと思うが……」

王宮ではたまに、仮装パーティなどでこの千年前の魔法使いの格好をする者もいる。


「……ヴェズルングの肖像って、世界各地に残ってるの?」

「いや……ガルナティスのこの絵以外には、俺は知らない」

「千年前にヴェズルングがどんな服を着てたかなんて、シムノンのクソジジイがエスメラルダから持ち出した本にも書いてなかったよ」


あの黒い本がヴェズルングの記したものだと信じて疑わなかったシムノンは、

ヴェズルングに関するありとあらゆる書物をエスメラルダから持ち出して、あのゴンドワナの森の奥地の家に置いていた。


キリも、唯一自分と同じ霧の属性だったというヴェズルングについては、それらの書物を読みあさって一通り調べているのだが、

さすがに千年も昔の魔法使いの事細かな姿形や、服装などの情報までが書いてあった覚えはない。



「ヴェズルングの格好なんて普通、知ってるかなあ……?」


ラグナードのように日常的にこの絵を見慣れているこの王宮の人間にとっては、知っていて当たり前なのかもしれないが、

魔法使いを描いた絵自体が少ないのに、この絵以外にもヴェズルングの肖像画が存在しているとも考えづらかった。


「それに……昔の人のマネなんてするタイプかなあ……?」


キリは「見慣れた人物」とうり二つの絵に向かって首を一ひねりして、

これ以上考えても何もわからない気がしたので、考えるのをやめた。