キリと悪魔の千年回廊

「髪の色は違うけど……ラグナードがもし赤毛だったら、こんな感じかも?」


なぐさめているつもりかと、また皮肉が返ってきそうだったが、

このキリの言葉に対しては、ラグナードは少しだけほほえんだ。


「そう見えるか?」


うん、とキリはうなずいた。

どこか不機嫌そうで、
なにかに怒っているような、
そんな絵の中の若者の目は、ちょうど城にもどってからのラグナードによく似ている。


「この目つきとか、けっこうそっくり」

「父上が──……」


ラグナードは一度言葉を切って、

目を細めて、絵を見上げた。


「俺の父上は、フェンリスヴォルフ一世によく似ていたんだそうだ」


キリは目を大きくした。


「ラグナードが子供のころに亡くなったっていう、前の王様?」

「そうだ。俺は幼くて、顔もよく覚えていないが」


ラグナードはなつかしそうなまなざしで語った。


「それでも、かわいがってもらった記憶がある。

父上が生きていたころは──母上も……」


不意に、瞳をかげらせて、

ラグナードは言葉を選ぶようにして「ああではなかった」と、小さく言いそえた。


本当は、「母上もかわいがってくれた」と言おうとしたのだろう。

キリは氷のようなアンネモーナの態度を思い出して、ラグナードがかわいそうでならなかった。


「父上は、絵に描かれるのが嫌いな方だったらしくてな」


ラグナードはさびしそうに、


「残っている肖像画が一枚もないんだ」


と言った。


「帰還の報告もできない……」


「あ。それで──」


キリはラグナードがここへ来た理由がやっとわかった。



父親に似ていると聞いたフェンリスヴォルフ一世の肖像画に、ラグナードは城にもどったあいさつをしに来たのだ。

死んだ自分の父親と、この初代国王の姿を重ねて──。





愛してくれた父親の顔は思い出せず、

肖像画すら残っていない。


母親に愛されない年月の中で、

すがりつくもののないラグナードは、いつしか父親に似たこの肖像画を見上げることが多くなった。


肖像画の中のいにしえの王を見上げて、
人生の中で唯一父と母に愛された日々のなつかしい記憶につかの間浸る時間を、彼は心のよりどころとしてきたのだ。


ただ一人世界帝国に立ち向かった、勇猛な若者の肖像に支えられ、

彼は自分を拒絶する母親と、消せない病弱な過去や己の容姿に立ち向かうかのように、己の体と剣の腕を徹底的にきたえ上げてきたのだった。





ラグナードは苦笑した。

キリに対してつい無防備に、帰還の報告ができないなどと口にしてしまった。

父親の肖像画が残っていないと、子供のように甘えた話を誰かにしたのは初めてだった。


それは、親の愛情を知らないキリに同類のような思いを抱いたからなのか、

それとも──



ラグナードは、肖像画に視線を注いでいるキリを見つめて、



「まあ、この王様はどうでもいいんだけど」



キリがぼやくのを聞いて、憮然(ぶぜん)とした。



「それよりこっちの、この長い黒髪の男の人」

と、キリは王のかたわら──肖像画に描かれたもう一人の人物を指さした。



「これ、誰?」



この絵を目にした瞬間から、キリが息をのんで熱心に見入っていたのは、

中央に描かれた初代国王ではなく、

この絵の二人目のモデルだった。



イスに腰掛けた焔狼王の後ろに立つ人物──




それは、


恐ろしく美しい青年の肖像だった。




年の頃ならば、

やはり王と同じく二十代半ばか。



ビスクドールのごとく白く抜けた肌と、

それを際立たせる夜のような漆黒の髪と瞳。



ゆるやかに流れ落ちる黒髪に縁取られた男の顔は、

端正な──と表現する域をはるかに超越していて、

まるでこの世の美を集めて創り上げたかのごとき妖艶さだ。



どこか魔性めいた不思議な微笑をたたえて
王の横に静かにたたずみこちらを見つめる様は、

まるで人ではない神か悪魔を描いたかのようだった。


肖像画を描いた作者の腕がよほど秀でていたのか、

あるいは凡庸な画家をもってしてもこう描かせるほど、モデルのこの青年自身が常人ならざる飛び抜けた美貌を持っていたのか……。



ラグナードが嘆息して、

それからあきれたようにキリを見下ろした。


「まさか彼の杖を欲しがっておきながら知らんのか」

「えっ」


ラグナードも肖像画の中の美青年に視線を向け、


「独立戦争でフェンリスヴォルフ一世に手を貸した、一千年前の魔術師【霧のヴェズルング】だ」


伝説ともいうべき最強のその名前を口にした。