「今回のことばかりではないぞ!」

と、イルムガンドルは魔物も射殺せそうな鋼色の瞳で弟をにらみすえた。

戦争の続く大国を統べるだけあって、女王とはいえども筋骨隆々の男にも勝る迫力があった。

「いつもいつも、貴様は周囲の者を振り回し、戦場でも危険な単独行動ばかり……!
貴様のワガママと嫌がらせのせいで何人の召使いが辞めたかも知っているか!?」


十八人だとキリも知っている。

辞めた理由までは知らなかったが。


ワガママと嫌がらせ……と、キリはぼう然としながら口の中で王様の言葉をくり返した。

さもありなんという気がした。


「貴様がいなくなった後、護衛のソーマ卿は責任をとって王子がもどるまで自ら牢に入ると言ってきかなかったぞ!
貴様の捜索に向かって手がかりを得られずにもどってきた者も同じだ!

私が牢への立ち入りを直々に禁じなければ、彼らは今も地下牢にいた!」


さすがにうわさが広まらないように話をふせていたのか、都では民衆はみな王子が留学先から消えたとは知らなかった様子だったが、

王宮では本当に大変な騒ぎになっていたらしい。


「王子がとつぜんいなくなったなど、他国や国民に知れわたればどうなると思っている!?

いいかげんに己の立場をわきまえろ!
こんなことで、貴様は本気で皇太子として立つ気があるのか!?」


とにかく早く謝って理由を説明したほうがいいとキリは思った。

パイロープを奪還してきたのだとわかれば、王様の怒りも少しはおさまるかもしれない。


ごほうびのことで頭がいっぱいのキリは、ヴェズルングの杖をもらえるように話を進めてほしいとラグナードに目で訴えたのだが──



ラグナードの顔には、反省の色どころか冷笑がうかびあがった。



「どうせ俺はできそこないですので」

と、キリが初めて目にするような、自嘲的な表情で美青年は吐き捨てた。



「お怒りならば、牢へ入れるなり勘当するなりご自由になさってはいかがですか」



ふん、と鼻を鳴らしてラグナードが言い放って、キリはあんぐりと口を開けた。

キリたちには不敬だ何だと礼をとらせようとしておきながら、この王子様は王様に向かってなにを言っているのだろうと思った。



「陛下も俺が気に入らないとおっしゃるなら、皇太子には『ちゃんと赤い髪の』人間を立てればいい」



ラグナードが口にした言葉が持つ意味は、キリにはよくわからなかったが、



「貴様は──」


見る間に、イルムガンドルが精悍な顔に朱をのぼらせて激昂した。


「そのひねくれた考えをいい加減にあらためろ!!」


かけていた執務用のイスから立ち上がって、女王は怒鳴った。


「いつまでそうやって子供じみた態度ですねているつもりだ!」