キリと悪魔の千年回廊

少女の口から語られた凄惨な生い立ちは、ラグナードに衝撃を与えた。

出会ってから常に明るくほがらかにふるまうキリが、陰惨な過去を抱えていたとは思ってもみなかった。


「でしょ、でしょ」

ラグナードの言葉を聞いて無邪気にほほえむキリが、
その後の十年で、こんなあたたかな春の日だまりのような性格に成長したことに、彼は驚きさえ覚えた。


ともあれ、

魔王との契約と聞いて身構えていたが、
キリの望みは、昔話によくある悪い魔法使いとは異なり、まったく無害な内容のように思えて、ラグナードはほっとした。


出会ってからの時間はわずかだが、ラグナードは彼を助けてくれたキリを嫌いになりたくなかったからだ。

あるいは、
すでに、嫌いになることができなくなりつつあったから──かもしれない。


少なくとも、
偉大な魔法使いになるのが目的ならば、悪事に魔法を使うことは決してないだろうと思われた。


「にわかには信じられぬ話だが──魔王ロキが誠実に契約を果たして、魔法を授けただけではなく使い方まで教えているというならば……
たしかに、魔法を暴走させる危険は低いかもしれぬな」

無表情な顔の中で、ガラス玉のような目玉だけを大きく見開いてキリの話を聞いていたジークフリートもそう言った。

「ねっ、ねっ、でしょ?」

キリがうれしそうな声を出して、

「しかし、今の話がまことならば」

天の魔法使いは、表情のない顔のまま声音だけ深刻になった。


「キリ、おまえは十年が経過した今も、魔王と継続的な契約状態にあるということではないか」


「そうだよ」と軽い口調でキリ。

「なにか問題でもあるのか?」

と、ラグナードはジークフリートを見た。


ジークフリートは、深い深いため息をはき出した。


「かように長期にわたる契約を、魔王が何の見返りも求めず誠実に果たすことはあり得ぬ」

「あり得ないのか!?」

「というか、不可能だ」


ジークフリートは、「魔王は神とは違う」と言った。


「魔法が真価を発揮するのは、己のために使うときのみ。

これは世界に招かれた者たちが使う魔法とて例外ではない。
神の奇跡とは違って、他人のために見返りなく強い魔法を使い続けることなど、魔王にもできぬ」


ジークフリートは、最初にキリがラグナードに語ったのと同じような説明をした。


「魔王にそのような契約内容を履行させるためには、幾度も魔王を召還して魔法の教えを請うことになるはずだが──

キリよ、魔王はそのたびに、おまえに何か見返りを要求したはずだ」


「うん、したよ」

キリはあっさり笑顔で答えて、

「なに!?」

ラグナードは嫌な予感がした。

「魔王の要求って……なんなんだ?」

聞きたくないような気もしつつ、ラグナードは問いただした。