「な……なんだと……!?」
「良かったな」
と、怒りに顔を赤くしているシムノンをさかなでするように悪魔は言う。
「どうやら時間が失われても、記憶は正常、魔法も使える様子ではないか。
不完全な魔法であったがゆえの、ケガの功名といったところだ。
人に対して、完全に時間を消す魔法などかければ、普通は記憶も幼児までさかのぼって、おまえは今ごろ魔法すら失っていた」
シムノンは目を白黒させ、
いまや、エスメラルダのあの最下層の書架にならぶ数々の書物に書かれていたおろかな先人たちの例と、まったく同じ道をたどったことが明白な体を見下ろし、
彼を破滅の運命へと追いやった悪名高き魔王と、
その手先として魔法を実行したキリとを交互に見て、
起死回生の策と報復の手段について小さな頭を働かせていたが──
どう見積もっても、
この世界の外から呼びよせた客人は、正面きってケンカを売るには相手が悪すぎると悟って、歯がみした。
「覚えておれ、貴様ら」
恨みをたっぷりこめた視線と、
捨てゼリフとを残して、
森の奥の一軒家から、紫色の髪の子供はいずこかへと姿を消した。
以来、十年間──
キリはゴンドワナ大陸奥地のこの家に住み続けていたが、
子供の姿まで若返った彼が、それからどうなったのか……
あの夜、霧が晴れ始めた森の中へと消えていったエリゼ・ド・シムノンなる人物がふたたびその場所を訪ねてくることはなく、
キリとふたたびまみえることはなかった。
とり残された家の中で、
キリはかたわらに立つ黒い影を、そっとうかがい見た。
「助けてくれて、ありがとう」
恐ろしい魔法使いの毒の魔法から、この悪魔はキリを救ってくれた。
ふふふ、と黒い影は笑った。
「おまえとの契約はまだ完了しておらぬからな」
首をかしげたキリの頭を、黒い影はまた優しくなでて、
「おまえに何一つ教えなかったあの師匠との縁は、今宵限りで切れた」
と、言った。
「最も偉大な魔法使いになりたいというおまえの望みを叶えるため、これより先は余がおまえに魔法の使い方を教えよう」
「つまり──」
と、整った眉を寄せて話を聞いていたラグナードは口を開いた。
「おまえは『偉大な魔法使いになる』ために、魔王ロキと契約を結んで、ロキから魔法を与えられ、使い方を教えられたということだな」
「うん、そう」
過酷な過去を淡々と語ったキリは、こくんとうなずいた。
白く凍っていた息は透明になり、
凍っていた周囲の家々の屋根からは、初夏の太陽をあびてとけた氷がぽたぽたと水をしたたらせている。
「まあ、そんなに悪いことでもないんじゃないか」
ラグナードはキリを気づかいながらそう言った。
「良かったな」
と、怒りに顔を赤くしているシムノンをさかなでするように悪魔は言う。
「どうやら時間が失われても、記憶は正常、魔法も使える様子ではないか。
不完全な魔法であったがゆえの、ケガの功名といったところだ。
人に対して、完全に時間を消す魔法などかければ、普通は記憶も幼児までさかのぼって、おまえは今ごろ魔法すら失っていた」
シムノンは目を白黒させ、
いまや、エスメラルダのあの最下層の書架にならぶ数々の書物に書かれていたおろかな先人たちの例と、まったく同じ道をたどったことが明白な体を見下ろし、
彼を破滅の運命へと追いやった悪名高き魔王と、
その手先として魔法を実行したキリとを交互に見て、
起死回生の策と報復の手段について小さな頭を働かせていたが──
どう見積もっても、
この世界の外から呼びよせた客人は、正面きってケンカを売るには相手が悪すぎると悟って、歯がみした。
「覚えておれ、貴様ら」
恨みをたっぷりこめた視線と、
捨てゼリフとを残して、
森の奥の一軒家から、紫色の髪の子供はいずこかへと姿を消した。
以来、十年間──
キリはゴンドワナ大陸奥地のこの家に住み続けていたが、
子供の姿まで若返った彼が、それからどうなったのか……
あの夜、霧が晴れ始めた森の中へと消えていったエリゼ・ド・シムノンなる人物がふたたびその場所を訪ねてくることはなく、
キリとふたたびまみえることはなかった。
とり残された家の中で、
キリはかたわらに立つ黒い影を、そっとうかがい見た。
「助けてくれて、ありがとう」
恐ろしい魔法使いの毒の魔法から、この悪魔はキリを救ってくれた。
ふふふ、と黒い影は笑った。
「おまえとの契約はまだ完了しておらぬからな」
首をかしげたキリの頭を、黒い影はまた優しくなでて、
「おまえに何一つ教えなかったあの師匠との縁は、今宵限りで切れた」
と、言った。
「最も偉大な魔法使いになりたいというおまえの望みを叶えるため、これより先は余がおまえに魔法の使い方を教えよう」
「つまり──」
と、整った眉を寄せて話を聞いていたラグナードは口を開いた。
「おまえは『偉大な魔法使いになる』ために、魔王ロキと契約を結んで、ロキから魔法を与えられ、使い方を教えられたということだな」
「うん、そう」
過酷な過去を淡々と語ったキリは、こくんとうなずいた。
白く凍っていた息は透明になり、
凍っていた周囲の家々の屋根からは、初夏の太陽をあびてとけた氷がぽたぽたと水をしたたらせている。
「まあ、そんなに悪いことでもないんじゃないか」
ラグナードはキリを気づかいながらそう言った。



