キリと悪魔の千年回廊

「霧のヴェズルングが書き残したものではなかったのか……!?

では、では、契約はどうなる? 本に書いてあったことはすべて嘘か!」


悲鳴に近い声を出すシムノンに、


「まるきりの嘘ではないぞ。
魔法陣を描き誤ったとは言え、おまえは完璧な形で余を招いた。魔法の不備自体にはさして問題はない。
契約は守ろう。ただ──問題は、三人がかりで余を召還した以上、余もおまえ一人の望みだけに魔力を使うことができなくなった、ということだ」


「な──」


「口を利かぬそこの骸はともかく、こちらの子供の望みも叶えてやらねば、契約不履行が生じるというもの。

しかし、この子供の望みというのが、なかなか難解なシロモノでな」


悪魔は実に楽しそうにそう言って、

とんでもない内容を続けた。


「そちらを叶えると、おまえの望みにまで回す魔力がなくなる」


「じょうだんじゃない!」


シムノンは飛び上がらんばかりに取り乱して、血相を変えた。


「そんなガキの望みなど知るか! 儂の永遠の若さを優先させろ!」


どうしてもできぬのならば──と、シムノンはぎらぎらした目にキリをとらえた。


「こいつもこの場で今すぐに死体にしてやる!
それならば問題なかろう!」

「や……!」


キリはふるえて、
救いを求めて周囲を見回して、

ただ一つすがりつけそうな存在を発見した。


「この……ガキめ……!」


よりにもよって、部屋の中心にたたずむ闇色の影の背後に逃げ込んだキリを見て、シムノンは口をパクパクと動かした。


「まあ、落ち着け」


そんな二人の様子をながめて、
悪魔は、足もとにしがみついているキリの頭をよしよしとなでた。


「案ずるな。
なにも、おまえとの契約を反故にしようというのではない」


その手つきはとても優しくて、キリは黒い影法師にしがみついたままぎゅっと目を閉じた。


「幸いにも、この子供の望みは、お前の望みを叶えることにもつながりそうでな。
余に妙案がある」


悪魔は、
まさに悪魔的に、笑んだ。


「おまえたち二人にぴったりの、な」


奸計を内に秘め、
人を弄(もてあそ)ぶ、
魔性の笑みだった。


「顔を上げるがよい」

と、悪魔はキリに言って、


そうっと美しい顔を見上げて、深い色の瞳と目があったキリは、


次の瞬間、覚えのある感覚に身を固くした。