キリと悪魔の千年回廊

悪魔は、その足下で紫色に光っている複雑な紋様と、
血を流して絶命している少年を、美しい瞳でつと一瞥(いちべつ)した。


「なるほど」

と、なにかに気づいた様子になって、

「その望みを余が叶えねばならぬわけを説明してもらおうか」

悪魔は、夜のように静かにほほえんでキリにたずねた。


「その『クソジジイ』は、どのように余をここに招いた?

おまえとそこの骸(むくろ)は、クソジジイとどういう関係なのかな?」


キリは、

自分がシムノンに操られて、
霧の魔法を使っていたことを話した。


大ごもりの夜に、
森の中のこの小さな一軒家の扉と窓をすべて開け放って、

霧を満たした部屋の中で、
床一面に魔法陣を描き、
キリに召還の魔法を使わせて、

セイの胸を貫かせたこと。


そして、キリとセイとシムノンのことを話した。


きっと目の前の悪魔にとっては何の意味もなくて、
何の関わりもないと思われる話で、

話の大半はシムノンに対する不平不満と悪口だったのだが、

なぜかこの悪魔は、
むしろ彼ら三人の人間関係のほうに興味をもった様子で、とても楽しそうにキリの話に聞き入った。



「よくわかった」と、話をすべて聞き終えて、悪魔はうなずいた。


「ところでおまえが口にした望みだが」

悪魔は美しい顔に、
まことしめやかに、どこか背筋が冷えるような薄ら笑いを作った。

「『最も偉大な』魔法使いになりたいのか?」

「そう」

「世界で『一番強い』魔法使いはどうだ?」

キリは首を横に振った。

悪魔は猫なで声になった。

「では、世界で『一番有名な』魔法使いにしてやろう。どうだ?」

「ちがうよ」

キリは顔をしかめた。

「有名になっても、強くなっても、そんなの意味ないもの。
わたしは、一番偉大な魔法使いになりたいの」

「おまえは、『一番偉大な』という言葉の意味がわかっているのかな?」

「立派な魔法使いって意味だよ。『誰もが会ってみたいと思うような』、みんなに尊敬されるエラい魔法使い」

「ふむ」

悪魔はあごに手を当てて、何やら考えをめぐらせている様子を見せた。

「それはなかなかの難題だな」

「なんでも望みを叶えることができるって言ったじゃない」

キリはびっくりして声を上げた。

「できないことがあるの?」


その言葉を聞いて、

虚をつかれたように、
悪魔は瞠目(どうもく)し、

肩をゆすって笑い出した。


「これは、余としたことが!」

と、悪魔はさもおかしくてたまらないという表情でさけんだ。

「おまえの言うとおりだな。
まさか、余にとっても難しいことがあるとは思わなかった」

くくく、とのどの奥で愉快そうな音を立てて、


「気に入ったぞ。おまえと、その望み」


悪魔はキリにそう言った。