悲願を口にして、シムノンは油断していた。
客人を前にして、細心の注意と警戒を、すべてその人智を超えた不吉の影に向けていた。
だから想像もしていなかった。
よもやここで、
これまでいいように道具として使い続けきたなにもできない幼い子供に、
魔法ではなくただの大きな薪(まき)で、
背後から殴り倒されようとは。
うんともすんともいわなくなって、
セイの死体の横に昏倒したシムノンに、
手に持っていた薪を投げつけて、さらに思いきり足で蹴とばして、
それから、
興味津々の様子で面白そうにことの成り行きを見守っていた黒い影に、キリはおそるおそる向き直った。
「あなたは、悪魔?」
この黒い影は、
セイの命を食べて、霧の中からこの世に現れたのだ。
どんな見た目をしていようと、
キリが生まれて初めて見るほどに美しい姿をしていようと──
──悪魔に違いなかった。
「さて。この世界に住む魔法使いたちは余をそう呼ぶな」
と、霧の悪魔はキリに視線を注いでそう言った。
「悪魔が、どうしてこんなクソジジイの望みを叶えるの」
くつくつと、目を細めて悪魔は笑った。
「そのクソジジイが余を招いたからだ。余にとって、価値のある方法でな」
価値のある方法、とキリは悪魔の言葉を反芻(はんすう)した。
それが、セイを犠牲にする方法だったのだろうか。
「その礼だ。
余を招いた賃金として、招いた者は余に望みを叶えてもらう権利を有している」
セイを捧げて招いたこの黒い影は、たしかに悪魔には違いないけれども、
そう語る悪魔の声はおだやかで、
優しく、美しく、
耳に心地よくて、
キリはこの悪魔を、そんなに怖くないなと思った。
嫌じゃないなと思った。
「言うなれば──雇用契約のようなものだ」
「だったら、わたしにもその『権利』はある」
「ほう?」
「だって、あなたを招いたのは、そこのクソジジイ一人でできたことじゃないんだもん。
わたしだって、望みを叶えてもらえるはずだよ」
ますます面白そうに、のどをふるわせて低い美声で笑いをもらす悪魔に向かって、
「だから──」
キリは言った。
「わたしを世界でもっとも偉大な魔法使いにしてください!」
死んだ少年がついぞ叶えることのできなかった望みを。
彼と交わした、たった一つの約束を。
客人を前にして、細心の注意と警戒を、すべてその人智を超えた不吉の影に向けていた。
だから想像もしていなかった。
よもやここで、
これまでいいように道具として使い続けきたなにもできない幼い子供に、
魔法ではなくただの大きな薪(まき)で、
背後から殴り倒されようとは。
うんともすんともいわなくなって、
セイの死体の横に昏倒したシムノンに、
手に持っていた薪を投げつけて、さらに思いきり足で蹴とばして、
それから、
興味津々の様子で面白そうにことの成り行きを見守っていた黒い影に、キリはおそるおそる向き直った。
「あなたは、悪魔?」
この黒い影は、
セイの命を食べて、霧の中からこの世に現れたのだ。
どんな見た目をしていようと、
キリが生まれて初めて見るほどに美しい姿をしていようと──
──悪魔に違いなかった。
「さて。この世界に住む魔法使いたちは余をそう呼ぶな」
と、霧の悪魔はキリに視線を注いでそう言った。
「悪魔が、どうしてこんなクソジジイの望みを叶えるの」
くつくつと、目を細めて悪魔は笑った。
「そのクソジジイが余を招いたからだ。余にとって、価値のある方法でな」
価値のある方法、とキリは悪魔の言葉を反芻(はんすう)した。
それが、セイを犠牲にする方法だったのだろうか。
「その礼だ。
余を招いた賃金として、招いた者は余に望みを叶えてもらう権利を有している」
セイを捧げて招いたこの黒い影は、たしかに悪魔には違いないけれども、
そう語る悪魔の声はおだやかで、
優しく、美しく、
耳に心地よくて、
キリはこの悪魔を、そんなに怖くないなと思った。
嫌じゃないなと思った。
「言うなれば──雇用契約のようなものだ」
「だったら、わたしにもその『権利』はある」
「ほう?」
「だって、あなたを招いたのは、そこのクソジジイ一人でできたことじゃないんだもん。
わたしだって、望みを叶えてもらえるはずだよ」
ますます面白そうに、のどをふるわせて低い美声で笑いをもらす悪魔に向かって、
「だから──」
キリは言った。
「わたしを世界でもっとも偉大な魔法使いにしてください!」
死んだ少年がついぞ叶えることのできなかった望みを。
彼と交わした、たった一つの約束を。



