キリと悪魔の千年回廊

最強のヴェズルングの伝説が、人の力によるものではなく悪魔からもたらされたものだとするならば、説得力があった。


シムノンは、黒い本を大切に抱えて持ち帰った。

書庫を出る際に司書官に呼び止められたが、彼が本の解読方法を研究したいと言うと、司書官はあっさりと持ち出しを認めた。

司書官の目には、本の中身は変わらずただ黒いばかりのページとしか映らなかったのである。



そうして、

目の前に差したそのまっ黒な希望の光に向かって、シムノンは迷わずに歩き出した。



まことその黒い書物が霧のヴェズルングによって書かれたものなのか。

ヴェズルングの名をかたる別人の手によるものだという可能性はないか。

何者かの悪意が満ちた書物だという可能性がないか──


普通ならば疑うべきところをまったく気にもかけなかった彼は、突然の光明に冷静さを欠いていたと言えた。





ただちに彼は、持ち帰った書物の内容を一人こっそりと読み解き、

そこに書き記された召還の魔法の複雑きわまりない難解さにがくぜんとした。


書かれていたのは、おおよそ人の理解を超えた内容であった。

そもそも、ただ一つの召還の儀式の内容のために丸々一冊の分厚い本の全ページを費やしている書物など、他にお目にかかったこともない。

この世のあらゆる魔術を学んだと自負していた彼にとっても、半分も理解できなかった。

千年もの昔に、こんな魔法を編み出し、実行した者がいたとは信じがたい。


それが行えただけで、ヴェズルングという魔法使いは悪魔の手など借りずとも十二分に天才的な魔法の腕前を備えていたのではないかと、シムノンは少しだけ怪訝に思ったが、

わずかに浮かんだその疑念について深く追求することよりも、

彼に残された時間で、せっかく見つけたこの書物の内容を理解し、正しい手順で魔王を世界に招き入れることで頭はいっぱいだった。



それから実に十年の時を費やして、

彼はこの書物に記された魔法の内容を理解し、

さらに二十年の時を費やして──


──何度試みても、それが己には実行不可能であることを悟った。


ここに書いてある手順のとおりに行っても、召還の魔法が発動することはなかったのである。

魔法が発動しない原因はただ一つ、魔力が足りないのだ。


魔法使いというものは、己の属性以外で大きな魔法は使えない。

己の属性以外の魔法を使うときには、それがささやかなものであっても尋常ではない魔力が必要となるためだ。


解読の結果、黒い本に書かれていた召還の魔法は、

「物事の消滅」か「時間の操作」か「生死の操作」。

このいずれかを行う内容だった。


いずれも、「毒」の属性である魔法使いには、魔法使いの限界近くまで齢を重ねていても実行不可能な魔法だ。