「安藤、」


樹は優しい声であたしの名を呼ぶ。


その声は魔法のように、あたしの体から力を奪い去る。







「ココには安藤を殴る人も、怒鳴り付ける人もいないよ」







あたしはその言葉を聞いた瞬間、樹の顔から目を背けた。


「……甘えたくなるから、そんなこと、言わないで」


ろくに甘え方も知らないが、そんな風に優しい言葉などかけられたことがなかったあたしにとって、その言葉はすごく魅力的だった。


すがりついて、泣き叫んで――。


「いいじゃん、甘えれば。ってかさ、安藤もそうやってしおらしくしてると可愛いよね」


「は?」


「普段の安藤は口悪いからさ」


カッチーン。


「おいくず。お菓子にわさび混ぜてやろうか?」


この1週間で分かったことは樹はわさびが嫌いだと言うこと。


「ごめんなさい。お願いします。それだけは勘弁してください」


潔く頭を下げた樹にあたしは思わず腹を抱えて笑ってしまった。


あたし今、“普通の女の子だ”。








―――――――――お客様2