誰かに頼る方法なんか知らなかった。
母さんはいないし、いても手伝ってもらったことはなかった。
甘える方法も、頼る方法も、家族のことは何もわからない。
「鍋はやくー」
「はいはい」
見つめていた鍋から視線を外し、あたしは料理人とりかかった。
「好き嫌いある?」
「トマト」
「……はい」
鍋にはトマトはいれない主義だ。
冷蔵庫にあった野菜と肉をぶったぎって出汁に入れただけ。
でもちゃんと鍋にいれる順番を考えていれてるし、味付けは薄くもなく濃くもないようにしている。
「案外うまい……」
「案外とはなんだ」
出来上がった鍋を食べた薬師は本当に意外そうな顔をしながら言った。
「いや、安藤が作るとか命の危険あるかな?とか思ってたけど、こりゃうまいわ」
「……ほめてんのか貶してんのかどっちだ」
「間違いなく誉めている」
でも、自分の作ったものを誉めてもらえるのは素直にうれしかった。
誰かに食べさせたことも、誰かに誉められたことも、あたしには初めてだった。
どんなふうに喜べばいいのか、分からなかった。