一度家に帰ると、母さんはいなかった。


多分仕事に行ったんだ。


こんな時、母さんに会うといいことはない。あんなことがあったあとだから。言い争いをした後だから。


一方的に言われただけだけど。



あたしは自分の部屋にある一番大きなカバンに出来るだけ服を詰め込んだ。


『生活に必要なものはあるから』


と彼が言ったから、あたしは服とか、個人的なものしかいらないらしい。


それに足りないものがあれば取りに戻れるし。


あらためて考えてみればあまり必要なものはない。


自分って淋しい人間だなぁ、ってつくづく思った。



「よし、後は……」


母さんに置き手紙を残すだけ。


長い時間考えたような気がした。それでも書いた文は一行だけ。


『しばらく帰りません』


置き手紙なんていらないかもしれないけど。