部屋から出てあたしは廊下を母さんの病室めざして歩いた。
数歩後ろからは岡崎先生の間抜けなペタペタというスリッパの音が聞こえる。
母さんがいる病室の前に立って、深呼吸をした。
どうせ起きてないのは分かっているけど。
「大丈夫ですよ。僕がいます」
何でかわからないけど安心した。
多分この先生の雰囲気が樹に似ているからだ。
ドアを開けて、眠っている母さんを見て、母さんがいなくなるかもしれないなんて信じられなかった。
立ち止まったままのあたしは先生に背中を優しく押され、何歩が前に出た。
それが勢いになって、母さんのベッドの脇に跪く。
「母さん……」
どうしようもなく、やりどころのない気持ちが涙となって溢れてくる。
「母さん、あたし、行かなきゃ……」
行かなきゃいけない所があるんだ。
もしかしたら、母さんも治るかもしれない。
たとえ治らなくても、彼にはあわなきゃいけない。
立ち上がったあたしは岡崎先生を振り返った。
「あたし、行かなきゃいけない所があるんです。すぐ戻ってくるので、母をお願いします」
彼は笑った。