何時もの電車に乗って、ドアのそばに立つ。
硝子の向こうを眺めながら、三駅を揺られる。
駅から歩いて7分。
緩やかな坂道を上り、学校へ着く。
これが私の日課。

教室に入ると、窓を開け放つ。
今日も、一番乗り。
初夏の風が心地良い。
二年生になって、教室からの眺めも良くなった。

「まだ、かな」
毎日の早起きの理由。
「勉強でもしてるか」
勿論、勉強なんかじゃないけど。
ペンでも走らせてないと、落ち着かない。
散らばっていく、集中力。
狙いを定める事の出来ないまま。
チッチッと秒針ですら、煩わしい。
ガラッ。
静寂を破ったその音に、身体が強張った。
「あ、やっぱり。早いね。おはよう。」
東間君のよく通る声が、教室に響いた。
「おはよう。中間近いし、勉強したくて。」
嘘。
君と話がしたくて。
なんて、言えっこない。
「そっか、鈴置は、成績学年トップだもんなー。」
暑そうにシャツの喉元をパタパタと羽ばたかせ、
「凄いな」
とはにかんだ。
思わず、見とれてしまう。
ひっくり返りそうになる心臓と、声をなだめながら。
「別に、凄くないよ。勉強好きだから。」
一息に言った。
好きだから。
君が。
少しでも注目して欲しくて、頑張っているの。
君が、頭の良い娘が好きだから。
そう、思いを込めて。
「あ、俺、わかんないとこあるんだわ。教えてくんない?」
えーっとね、と言いながら教科書をめくり。
「ここだ、これってどうやんの?」
息づかいがわかるくらいに、東君の顔が近くにある。
おさまれ、鼓動。
平静を保たなければならないのに。
私の頭は、微分積分いい気分になってしまっているのだった。