静かな庵は、物音一つしない。

ただ、リズヴァーンが一人、文机に向かい、紙に筆を走らせている。

開け放たれた部屋には、庭からの暖かな風が入り込み、緩やかな時が流れていた。




≪一家の日常≫




リズヴァーンは、不意に、庭先で空間が揺れるのを感じた。

一瞬、筆を止めるが、すぐに馴染みの気配だと気付き、ふっと、目元を緩ませる。

そして、再び、文字を綴りだした。

「…何があった?」

顔を向けることなく、そのままの姿勢で、近づく気配に声をかける。

「もう、僕には、付き合いきれません。」

リズヴァーンのいきなりの声に驚くことなく、風の中から現れた少年は、きっぱりと言い切った。

金色の長い髪を、一纏めにして立つその姿は、まだまだ童の粋を脱してはいない。

あどけなさが抜けていないない顔つきをしているのに、その眉間には皺がよっており、明らかに憤慨しているようである。

リズヴァーンは、声を聞いただけでわかるその様子に、笑みを浮かべた。

「逃げてきたか?」

微かにからかうような声を出し、リズヴァーンは少年を一瞥することなく、尋ねる。

だが、それに怒ることなく少年は、憮然とした表情を浮かべた。

「違います。手に負いきれないので、助力を求めに参りました。」

「では、少し、待っていなさい。」

「はい。」

素直に返事をしつつも、少年は、庵の中に上がることなく縁側に座り、小さくため息をついた。

「何があった?」

「…久しぶりに市へ行きたいと言い出しました。僕が止めても、聞いてくれません。」

どこか拗ねたように呟かれ、リズヴァーンは小さく笑いながら、筆をおいた。

「アレは、一度、言い出すと聞かないところがある。」

「それは知っています。でも、今の自分がどういう状況にあるのかを、少しぐらい考えて行動すべきです。」